世界のカケラ3

henopon

第1話 海

 レイは退屈していた。

 僕もだ。

 深い森と急な峠を何日もかけて越えた後、僕たちは塔の街から見ていた山脈の向こう側を見ることができた。歩くよりも早いが、休憩も多いし、少しお付きの人も増えたので面倒な旅に感じた。彼らは誰を守ろうとしているのかわからない。

「たくさんいるね」

 レイは窓から両腕をブラブラさせながら峠の道をひたすら続く馬車の列を覗いた。馬車を守る警護の人々も増えて、それぞれが教会の服を着ているのが圧巻だった。

「何かさ、峠越える前から道の両脇とか増えてない?」

「そりゃそうよ。教会が峠で襲われましたなんて恥かきたくないわ」

 ウラカはウィンプルで変装はしていないが、旅用の簡素な修道服姿だった。僕とレイは戦闘もないだろうからラフな格好をしていた。もちろん荷物は自分で管理している。この世界、例え相手が教会だろうと油断していてはいけない。ウラカは預ければいいのにと言うが、教会に泥棒がいる可能性もある。現に僕たちは騙されたのだ。ウラカは失礼な話だと言うが、僕たちのセリフだ。

「だから増えたのか。僕たちを監視しているのかと思ったよ」

「強烈な嫌味よね」

「わかる?」

「シン、言いたくないけど、あなたの性格は歪んでるわ」

「ひょっとしてウラカはわたしたちが逃げるとでも思ってる?」

 レイは逃げそうだ。たぶん飽き飽きしているはずだろうし、そろそろ好きなところに行きたい虫が疼いている。正直、僕もだ。ただ個人的には食べたこともないものも多々出してくれる三食昼と歩かなくていい昼寝付きも捨てがたい。

「上の連中はあなたたちが逃げると思ってるし、わたしもひょっとして逃げるかもと思ってる」

「結局、みんなで逃げると思ってるんじゃん。わたしたちに逃げる気なんてないし、理由がないわ」

「たいした理由なくても逃げるのがあなたたちでしょ?」

「逃げんわ」と、僕。

「わたしと違うのは、本部の連中はあなたたちが逃げても捕まえられると信じてる。バカね。でもわたしは捕まえられないと思ってるわ!」

 何を力説してるんだよ。

「どうしてわたしたちも一緒に行かなきゃならないの?行くのは剣だけでいいじゃん。まるで捕まえられたみたいに思うんだけどなぁ」

「あなたも歪んでるわね。二人でいると同じように歪むんだわ」

「三人なら君も歪むぞ」

「こうしてわたしも一緒に行くんだからいいじゃないの。特に手枷も鎖もしてないし」

「シンに鎖なんかしたら、わたしがぶち殺すぞ。呪術も同じだ」

「何で?」と、僕。

「見たくない」

「そりゃどうも」

 僕はウラカに向いて、

「現地集合でよくね?」

 と聞いた。

 レイも同意した。

「ちゃんと来れるの?」

「舐めるな」レイが答えた。「わたしたちはずっと旅してきたんだぞ」

「違うわよ。何のトラブルも起こさないで来れるかってこと」

「まるでわたしたちがトラブル起こしてきたみたいに言わないで」

「はぁ?塔の街からコロブツに来るまでに何か起こしたわよね」

「そんな昔のこと忘れた」

 普通は旅の間にトラブルに巻き込まれるが、僕たちはトラブルの間に旅してるようなもんだ。

「もっと観光気分でいてくれていいのよ。食べるものもわたしたちに任せてくれてればいいし、着替えもお風呂も宿も完ぺきなのよ」

「じゃリクエストする。おまえは何であっちの馬車に乗らないの?」

「それは別にいいじゃない。何か問題でもある?」

「あるよ」

 僕は口を挟んだ。

 ウラカはうろたえた。

「な、何よ」

「もし僕たちが消えたら、まず君が責任を取らされる。君の教会での立場が苦しくなるのは忍びない」

「さっき逃げないって言ってたわ」

「いつ?」とレイ。

「怒るわよ。わたしも彼らと一緒は嫌なのよね」

「仲間じゃん」

「反りが合わないのよ。あんな連中と道中話したくもないわ。二言目には聖女様のために。教会のためになんて空々しいこと聞かされて。こっちは愚痴一つ言えないのよ」

 しばらく愚痴が続いた。さすがにレイも聞くんじゃなかったとうんざりしていた。僕は内心笑った。

 五回ほど宿泊したが、どれもこれも広い敷地に、いくつかの巨大なテントが張られていて、野宿など一度もなかった。移動民族のようだ。


 やがて街道が海沿いに出た。 

 波にキラキラと輝く海を見たとき、レイは驚いていた。馬車から飛び出してしまうのではないかと思った。

「湖?」

「たぶん海だ」

「何?」

「何とは聞かれてもな。池や湖とは違う大きな水溜りかな」

「シン、一人で生きることまで考えてあげるんなら、ちゃんと教えてあげなきゃいけないんじゃい?」

 ウラカが座席の背もたれに肘をついて黙った。馬車は固められた地道で軋んでいた。どうやらレイは聞こえていないらしく、ずっと窓から海を楽しんでいた。ときどき空を飛ぶカモメを見上げて、また海岸に吹き上げる波しぶきに驚いていた。

 ウラカは、

「今日は港の街で泊まるわよ。今度はちゃんとした宿なの」

「おいしい魚あるの?」

 レイは尋ねた。

「魚好きなの?」

「魚も肉も好きよ。でも水のあるところの魚はおいしいから魚かな」

「じゃ頼んでおくわ」

「任せるね」

 さすがに大型の船が入れるほどあり、ハイデルの港街はコロブツ以上の賑わいを見せていた。たくさんの路地と斜面には、砂岩でできた建物が所狭しと並んでいた。

「あれは教会?」

「そうね。船から見えるように作られてるのよ」

 僕たちは街道の終点である埠頭で降りた。港は埠頭にそこそこ大きな船がついていた。船のマストの上には白地に青い花のような紋章の旗が掲げられていた。数人の水夫が巻き上げ機の近くから、僕とレイを見ていたので、ウラカが護衛に何やら吹き込んだ。すると誰かがタラップへと走っていった。

 僕とレイは、教会の関係者が愚図愚図しているので、探索がてらに埠頭を歩いた。別に何か探索しなければならないことはないが、暇つぶしにも限界がある。旅は人数が増えれば増えるほど気軽さが吹き飛んでいくことを思い知らされた。

 倉庫街に入ると、一本マストの荷船から荷物が運び出されていたいた。運び子の担いでいる荷物のせいで歩み板が折れそうにしなる。

 船にいる女と埠頭の白髪混じりの男が縁越しに話していた。彼らは次の荷物の話をしているようだ。

 荷物を覗いたレイはあっちへ行けと追い払われるように、白髪の男と入れ替わりに船へ近づいた。

「珍しいかい?」

 中年の女が笑った。

「珍しい。大きいね」

「そうかい?あっちには教会の船があるさ。あれこそが大きい」

「でもこっちが立派だ」

「からかってるのかい?」

「違う。棒の上に紫の鳥がいる」

「あ?マストの上かい?」

 女は見上げた。

「嬢ちゃん、鳥は何してる?」

「羽の下を毛繕いしてる」

「いいこと言うね。おい、おまえたち!」

 三人の水夫が振り向いた。

「明日は風に恵まれそうだよ」

 ウラカが来た。口のところを布で隠していた。教団の正式な者と会うときには、そうしている。

「探したわよ。こんなところで何してるの?宿へ行くわよ。そこに駕籠を待たせてあるのよ」

「かご?」

「宿まで」

「遠いの?」

「特に遠くはないけど坂なのよ」

 僕はウラカに右足を上げてみせた。足首をクイクイ動かした。

「わかってるわよ。教会にも威厳があるのよ。それとわたしにも立場があるから理解して。乗らないと言われれば困るのよ」

「自分の立場なんて気にしてないんじゃないのか?」

「そんなにいじめないで。さっきのことは謝るから許して」

 ウラカは気落ちしていた。

 僕は無言で頷いた。

 話を終えたレイが、僕とウラカのところに戻ってきた。ウラカが駕籠があるのだというと、乗ってみたいとはしゃいだ。確かに乗ったことはないけど、乗ってみたいか?

 恥ずかしいよ。


 僕たちが泊まる宿は玄関が砂岩でできていて、ずっと時代を見てきたかのようだった。寝室の窓からは隣には瓦の屋根が見えた。

 夕食は魚が出た。

 薄塩の蒸し焼きで、米のようなパラパラしたものと混ぜて食べるとのことだ。僕とレイとウラカはシェフに言われたように食べた。

「教会じゃ、いつものこんなの食べてるの?」と、レイ。

「そんなわけないでしょ。教会には教会のものがあるわよ。他の皆様は質素なものを食べてるわ」

「おまえは?」

「接待係よ。肩が凝るわあ」

 ウラカは言葉とは裏腹に笑みを含ませながら食べていた。

「これからどうするの?」

「船に乗るのよ。見たでしょ?」

「あれに乗れるの?」

「そうね。早ければ十日でブスレシピの港に着くわ。風次第ね。この季節は風が少ないし、もう少しかかるかも。まぁ急ぐわけではないし」

「魚釣れるの?」

「釣れるんじゃない?でも釣りたいなんて言わないでよ」

「どうして?」

「わたしが忙しくなるわ。あなたたちをもてなさないといけない」

「竿買う?」

「十日もあるんならね」

 僕はレイに答えた。

 やけに冗舌だ。

「竿くらい船に積んでるわ。そもそも走ってる船で釣りなんてできるわけないじゃん。飛ばされるわ」

「残念」

 レイは唇を尖らせた。

 夕食の後、わざわざお風呂に入りたいと言い出した。肌がベトベトして気持ち悪いらしい。教会側は泊まるたびに風呂を準備してくれているのに、わざわざレイの方から改めて頼むなんて珍しいなと思った。


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