俺と相棒

「ありがとうございました。」

俺は家電商品をお客様に渡し、眼鏡越しに営業スマイルをする。

何十回も繰り返してきたポーターの作業にも、そろそろ飽きてきた。


二口にぐちさん、お疲れ様。」

アルバイトの終わりに、綺麗な黒髪を肩で揃えた女性に、声をかけられた。

「お疲れ様です渡辺わたなべさん。お先に上がらせてもらいます。」

俺は彼女にお辞儀をして、駐輪場へ向かう。


彼女は、バイト先の先輩の渡辺さん。

現役大学生のようで、勉学とバイトを両立している。専門学校を中退し、高い学費を無駄にした、フリーターの俺とは違う。未来を見据えた立派な人だ。

…そんな彼女に、俺は恋心を抱いている。


『全く。あの女が気になるのなら、早くディナーにでも誘い給え。』


何の前ぶりもなく、心の中から自信過剰な男の声がした。


「お前なぁ…そんな簡単じゃねぇんだよ」

俺は誰もいない駐輪場で、に語りかける。


『臆病者が。まぁ仕方ない。人類は皆、俺のような神ではないのだからな!!』

男の高笑いが、俺の心の中に響き渡る。

その声は周囲の車の音すら消し去るほど大きなものだった。

最も、彼のは俺の心には響いていないが。


俺が楽しくもない家電屋のバイトを続けている理由は、三つある。

一つ目は時給がいいから。

二つ目は渡辺さんに会いたいから。

そして三つ目は、専門学校を辞めたからだ。


『感謝し給え、二口ふたくち虎太郎こたろう。お前は、俺というものを独占している。即ち、成功は目に見えているのだから!』

「…はいはい。」


この自信過剰な男は、俺の『心の中』にいる。

初めてこの声が聞こえた日。俺はこいつに

忘れもしない。あれは昨年の7月20日。パソコンルームでWordを打っている時だった。


始めは、19歳にもなり厨二病を引いたのかと思い、対して気にしていなかった。

…しかし、俺はいつの間にか、専門学校を辞めていた。それまで一課目も落としていなかった学校をだ。ここで初めて、男の声は妄想ではないことに気がついた。


自転車を漕ぎながら、自宅へ向かう。

俺は専門学校を辞めてから、実家の世話になっている。そもそも専門学校を辞めることを、両親にどう話したのかすら、俺は知らない。


「…なぁ相棒。聞いていいか?」

『なんだ?俺は忙しいんだ。手短に頼む。』

何やら心の中で走り回っている自信過剰な男…俺のは、心底面倒な声色をしていた。


「いや、さっきまで高笑いするぐらい暇そうじゃなかったか?…まぁ、そういうことなら後でいい。」

俺は、相棒の名前すら知らない。

前に一度聞いたことがあるが、『強いて言うなら、神だ!』と叫ばれ、その会話は終わった。


『君が理解者で良かったよ。では。』

相棒の声は、心の中から消えた。

聞こえないだけで心の中にいるのか、別の場所へ行っているのか…俺には、相棒のことがちっともわからない。


(…でも、正直嫌いじゃない。)

心の中から聞こえる謎の声。朝から晩まで不定期に現れ騒がしいが、今となっては、聞こえてこない方が逆に不安だ。


押しボタン式の信号機の前で、足を地面につける。頭上には、雨が降りそうで降らない春の曇天が広がっていた。

俺が自信過剰で理由のわからない男を『相棒』と呼ぶきっかけになった日も、こんなパッとしない空模様であった。

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