第10話 天使の本音

「失礼します」


 峰山さんが部屋に入り、僕がどうぞと座るように促した椅子に座る。


「それで何するの? 親交を深めるためにチェスや将棋でもするの?」

「いえ違います。というよりわたくし今そのような物持っていませんよね」


 彼女が持っているものはノートと筆記用具だけだ。ノートには僕とは比べ物にならないほど丁寧な字で名前などが書いてある。


「色々と聞きたいことがあって、本当は後でも良かったのですが、なるべく早く聞いておいてメモしておきたくて」

「聞きたいこと? 何でも聞いてよ。喜んで答えるよ」


 僕は快く彼女のその聞きたいことを、質問を待つ。彼女は僕の返答にほんの少し口角を上げたように見えたが、それをしっかりと確認する暇もなくすぐに口を開く。


「では聞かせてください。今回の配信で工夫したところや、いつも皆さんの注目を集めるためにやっていることなどを」


 質問の内容はまるで会見の時の記者からの聞かれるようなものだった。

 

「今回に限ったことじゃないけど、まずは声に抑揚をつけることかな。やっぱり淡々と起伏なく喋ってる人より、ハキハキと楽しそうな人の方がみんな見てて楽しいだろうし」

「そういえばあなたは配信の際は普段と声が違いましたね。何と言いますか……明るく、周りを盛り上げるような」


 ダンジョン配信の際はあの鎧を着ることで表情や顔の動きが全く分からない。だからこそ配信において声は普段よりも重要な要素となるのだ。

 人は見た目が第一印象の半分以上を占めているという学説があるが、ダンジョン配信においては声が九割占めているのだ。

 だからこそ僕はまず声で人を惹きつけられるように意識している。


「わたくしも少し練習してみてもいいですか?」

「うん……って、今ここで?」

「それはあなたに色々教えてもらいたいのですから、今やるんですよ?」

「べ、別にいいけど……うん、そうだね。それじゃあやってみせて」


 人の頑張りたいという純粋な思いは、必死に応援するべきというのが僕の理想のヒーロー像なので、最初は彼女の行動力の高さに少し驚いたが特に何も言わずに彼女の練習に付き合うことにする。


「では…………はーい!!! みんなの天使!!! DOのヒロインのエンジェルでーす!!! みんなよろし……す、すみません練習の件はちょっと考える時間をください」


 過剰なまでに明るく、今までの彼女のクールなキャラとは合わないギャルのような陽気な話し方に僕が困惑しているうちに、彼女は段々と恥ずかしいという感情が込み上げてきたのか顔を若干赤らめて俯いてしまう。


「別に無理してやらなくてもいいと思うよ。峰山さんには峰山さんの良さや強さがあるし、君にしかできないことがあるんだから、それを見つけて頑張ってみるのも一つの手段なんじゃないかな?」

「わたくしの強さ……何でしょうか? 特に思いつきません」

  

 大企業の社長の娘であり、容姿端麗で運動神経も良く、賢くランストの適性もある彼女が言ったその言葉にツッコミたくなったが、真剣に悩んでる彼女の表情を見てそんなことはできなかった。


「一つ僕からもいい? そもそも峰山さんはどうしてそんなにDOに、みんなに見られることにこだわってるの?」


 僕がこだわっている理由はもう言うまでもなく彼女は分かるだろう。理想のヒーローになりたいからだ。

 その目的があるから今まで頑張ってこれたし、これからもそうするつもりだ。

 だから僕のこの目的にあたるものを彼女も持っているはずだと思い、それを知れば何かアドバイスを出せるはずと推論を立てる。


「わたくしには優秀な姉がいます。何においても完璧で、わたくしなどと比べ物にならないほどの人物です」


 あの大企業のもう一人の娘、峰山さんの姉に当たる人物をニュースなどを通して僕は知っていた。

 確か"何でもできる天才"という言葉と共に紹介されていた人だったはずだ。現在二十代にも関わらず企業の経営の一部を任されており、そこで凄まじい程の成績を残していた。


「わたくしは物心ついた時から周りから姉と比べられていました。使用人や両親の会社の人達。それに母親からも」

「そう……なんだ……」


 親から見放される辛さ。それを僕は痛感しているので彼女の気持ちが百パーセント伝わる。


「姉の劣化で、周りから期待されなかったわたくしが唯一姉が持っていないものを持っていました。それがランストの適正です」


 ランストの適性を持っているのは百万人に一人と言われている。実際それを持っているのだから峰山さんはとても運が良く、才能があるのだろう。


「それでわたくしの母親はDOに入って峰山の名を売ってこいって命じたのです」


 峰山さんがDOに入ったのは企業の売名のためだった……だからあんな多くの人に活躍を認めてもらうためことに必死だったのか。


「そう言われてわたくしは毎日訓練をやらされて、何とかここに入ることはできました。でも配信なんてやり方もよく分からなくて、結果はあのザマです」


 彼女の言う通りDOの配信はあまり人気がなくそこまで注目されていない。


「わたくし、あなたがあのラスティーだと知った時、実は悔しいって思って……正直嫉妬してしまいました」

「嫉妬……」


 人間はどれだけ優秀であろうと、どれだけの才を持っていても、自分が持っていないものを欲しがってしまうらしい。

 彼女にとってその持っていないものはどうしても欲しいもので、自分の存在価値を見出すほどのものだった。


「本当に自分が嫌になりました。あなたは明るく、純粋に接してくれているのに……わたくしはずっと嫉妬心を抱いて、あなたに邪な感情を向けて……」


 彼女は俯き自己嫌悪に陥っていた。DOに入ってからの苦悩。そして自分の持っていない才能を持った僕を見たことによる嫉妬。

 他にも様々な要因が重なって精神的に不安定になってしまっている。


「ごめんなさい……」


 彼女は目を潤わせて、こちらの目をしっかり見て軽く頭を下げ謝罪する。頭を上げる際に彼女の瞳から涙が一粒溢れ頬を伝る。

 意識してはなかったし、こんな気取ったことをするつもりはなかったのだが、気づけば僕は彼女の頬の涙に手を伸ばし指で受け止め溢れ落ちるのを防いでいた。

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