第11話 ヒーローの流儀
「あ、すみません……」
僕が何か言う前に再び彼女から謝られてしまう。そのせいでなんだかこちらも申し訳なくなってくる。
「僕だって自分に嫌気が差すことなんてたくさんあるよ。今日のエックスを取り逃したこととかね。
でも、そんな無力な僕でも、今こうやって誰かの涙を拭ってあげることくらいならできる。それくらいでいいんだよ。今できることをやっていけば、いつかは夢に、理想に辿り着けるはずだから。
だから落ち込まずに一緒に頑張ろうよ。仲間……なんだからさ!」
僕は笑顔でこう述べてみせた。
僕も彼女と同じで、小さい頃は何もできずに理想のヒーロー像をノートに書いたりとかしかできなかった時期もあった。
彼女が抱いているもどかしさを僕はよく知っている。
「ふふ……」
気取りすぎて引かれるかと不安だったが、返ってきた反応は嬉しそうな笑みだ。
「ありがとうございます。何だか元気が出ました」
「そう言ってもらえるなら良かったよ」
「それじゃあいつも工夫していることの続きを聞かせてください」
先程の落ち込んだ様子はどこへやら。彼女は元に、いや元よりもどこか明るい態度で振る舞い始める。
「うんいいよ。じゃあ次に…………」
それから僕は思いつく限りの、工夫している点や拘っていることを彼女にレクチャーした。
「色々と聞かせてもらってありがとうございました。そろそろ時間も遅いですしわたくしは部屋に戻らせてもらいます」
雑談などを挟みながら話していると気づけば十一時を過ぎそうになっており、彼女は椅子から立ち上がる。
「それじゃあおやすみ峰山さん」
「はい。おやす……ん?」
彼女はまだ段ボールの中にあったノートの方を見てその場に立ち止まる。
この部屋には本棚がなかったので、書物の類はどこに置こうか悩んでいてまだ出していなかったのだ。
「ヒーローノート……?」
偶然積み重ねられた本の山の一番上にあったノート。表紙に"ヒーローノート"と書かれているノートが峰山さんの目に留まったらしい。
「何でしょうかこれは?」
「え、いやーそれは……」
それは僕がヒーローに助けられた後に、当時五歳だった時に書き始めた自分の理想のヒーローについて書いてあるノート。
僕にとっては大事なものなのだが、いざ人に見られるとなると少し恥ずかしいものだ。
「あなたの言うヒーローについての心構えなどが書いているのでしょうか?」
「まぁ小さい頃に書いたのだけど、大体そんな感じだよ」
「なら読んでみてもよろしいでしょうか? ここから何かわたくしのできることのヒントが得られるかもしれませんし」
「えー……でも君のためになりそうなら読んでもいいけど、本当にただの小さい子供の落書き帳だよ?」
恥ずかしさが込み上げて来るので、僕は謙遜しながら遠回しに彼女がノートを読むことをやめさせようとしたが、彼女がどうしても読みたそうにしているので結局はその想いに押し負ける。
「えーと……ぼくのかんがえたさいきょうのヒーロー……」
彼女はその場で立ってノートを開き朗読し始める。ノートには漢字を書けなかった頃の自分の、ヒーローへの憧れを爆発させていた頃の自分の夢が書かれていた。
「どんなこうげきもきかない、さいきょうのヒーロー。えーと次は……ふたりのヒーロー……?」
次のページに進み、相変わらず朗読を続ける。
「ひとりではできないことも、ふたりならがんばれる。たたかえる。それがさいこうでさいきょうのタッグヒーロー……」
「み、峰山さん! ちょっとその……声に出すのは流石にやめてもらっていいかな? 恥ずかしくて……」
「あ、すみません」
彼女は一回軽く謝罪した後、再び食いつくようにして僕のノートを読み始める。今度は流石に声には出しはしないが。
「峰山さん……? もう遅いけど帰らなくていいの? 父さんから前聞いたけど、女の子って男の子の部屋に夜遅くまでいたらいけないんでしょ?」
意味や理由はよく知らないが、父さんに恋人でもない女の子を夜遅くに自分の部屋に入れるなよと注意を受けたことがあるので、僕はその注意を峰山さんにもしてあげる。
「別に大丈夫ですよ。あなたにそういう気がないことは分かっていますし、最悪襲われても力勝負でしたらあなたには勝てますから」
「確かに僕は背が小さくて、よく女子でも勝てそうって笑われるけど、そんなにハッキリと言わなくてもいいじゃん!」
僕は昔ご飯をあまり食べなかった時期がありそのせいで身長が他の人と比べかなり低い。
峰山さんは170センチくらいなのに対して、僕は140センチより少し低いくらいで彼女よりも二回り以上小さい。
それどころかクラスの男子の中では最低。女子を入れても下から数えた方が圧倒的に早いくらいだ。
「ん? でも襲うって何? 僕は別に峰山さんのことを殴ったりしないよ?」
「いえすみません忘れてください。あなたは純粋なままでいてください」
彼女はまるで母親のように、それか姉のように僕にやってはいけないことを教えるようにそう告げる。
言われた以上余計な詮索はせず、僕はベッドに座って黙々とノートを読む彼女を見つめるのだった。
☆☆☆
「生人さん……生人さん!!」
強く揺さぶられて、僕はいつのまにかついてしまっていた眠りから起こされる。
目の前にはパジャマ姿のままの峰山さんの姿がある。
「あれ? 朝……?」
「はい。昨日ノートを読んでいるうちにわたくしもあなたも寝落ちしてしまったらしく……わたくしも起きたのはつい先程です」
そういえばあのノートびっしりと読みやすさも考えずに色々書いてたな……それで読むのに時間がかかって、僕が眠たくて寝ちゃって、その後に読み切る前に峰山さんも寝ちゃったのか。
「学校の支度がありますのでわたくしはこれで本当に失礼します。我儘で夜分遅くに押しかけて、更に朝まで居座ってしまってすみませんでした」
「気にしなくていいよ。何か困ったことがあったら何でも相談してよ」
「ふふ……はい!」
彼女は扉に手をかけ、最後にこちらに一度振り返り軽く手を振りながら扉を開く。
「田所先輩! 昨日はどこに行ってたんですか!? 勝手に仕事サボってほっつき歩いて! 俺達は人命に直接関わる仕事をしているんですよ!?」
扉を開くのと同時に、防音にお金をかけている部屋に音が入り込む隙間ができるのと同時に、外から風斗さんと田所さんの話す声が聞こえてくる。
「いやだからどうしても外せない野暮用があって……今日はいつもの二倍頑張るか……えっ?」
そして偶然にも峰山さんが扉を開けた瞬間に、二人がこの部屋の前を通りかかり、僕の部屋から出る峰山さんと鉢合わせとなる。
起きたばかりで衣服や髪が崩れた彼女を二人は固まった表情で見つめる。
「あ……いえ、これは……」
何故だか峰山さんは焦ったような声色であたふたし始める。
「まぁ同い年の若い後輩が二人いるってなって、最初は自分も頭の中で冗談混じりでもしかして……とか考えたよ。一瞬だけ。
でも流石に初日でやる? ねぇ風斗ちゃん」
「もう……俺は疲れて何も言う気が起きません」
二人も驚いたような、風斗さんは呆れも含んだ眼差しでお互いに顔を見合わせる。
「こ、これは違うんですー!!」
今までで一番大きく抑揚のある、感情の籠った峰山さんの声がDOの部屋に響き渡ったのであった。
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