第9話 天使の訪問

 会議室にはもう既に父さんと峰山さんと風斗さんが来ていた。しかし田所さんの姿だけはどこにも見えない。


「あれ? 田所さんは?」


 どこか入り口から死角になる所にでもいるのかと思ったが、そうでもないらしい。


「田所先輩は用事があるらしい」 


 風斗さんが長机に両肘を突き、両手を眼前で組みながらその姿勢を崩さずに話す。


「用事? それって緊急集合を断るレベルの?」


 僕は恐らく欠席連絡を受け取っているであろう父さんの方を見て問いかける。


「本来はダメだ。しかしアイツがどうしてもと言い半ば強引に電話を切ったんだ。今度減給の話でも切り出しとくべきか……」


 父さんが呆れながら溜息を吐く。部下が命令を無視して会議に来ずにぶらついているのだ。溜息を吐きたくもなるだろう。


「とにかく田所にはオレから後で内容を伝えるからいいとして、早速本題に入るぞ。生人と寧々が会った謎の人物についてだ」


 あの全身真っ白の鎧を着た不審者の事だよね。風斗さんと父さんなら何か知っているかも。

 

 僕は用意してある椅子の一つに座り、ホワイトボードの前に立つ父さんの方を向き話を聞く姿勢をとる。


「こいつは名称が不明なのでとりあえずは仮だがエックスと呼ぶことにする」


 エックス……数学とかだと未知の数を使う際に用いる文字。正体不明のあいつにはぴったりの名前だね。


「とりあえず現状分かっていることを整理する。

 一つ目にランストとダンジョンについてかなりの知識があること。奴は転送機能に不具合を起こしたとみられ、更にかなり手強いアーマーカードまで持っている」


 僕達を相手に奴はレベル8のアーマーカードを使用していた。

 レベルとはランストがカードの総エネルギー放出量から計算した強さのことで、レベルが1上がるだけでもかなりパワーが変わってくる。

 だから僕や峰山さんのレベル5と奴のレベル8ではかなり差があるのだ。先程善戦できたのはかなり幸運だったと言えるだろう。


「俺達の所からデータを盗んだのでしょうか……?」


 風斗さんが顔を上げ、父さんの話に口を挟む。


「最悪それならまだいいんだが……」


 父さんが気まずそうにして頭を掻く。息子だから分かるが、こういう雰囲気の時の彼はかなり困っている状態だ。


「俺達やここの研究者の中にデータを流している裏切り者がいるって言いたそうな顔ですけど……俺達を疑っているんですか?」


 風斗さんが痛い所を突くようにして父さんに言葉の矢を放つ。それにより父さんの困り顔がより一層酷くなる。


「そうは言っていない……だが、その可能性は考慮した方がいい。残念ながらな」


 職場の仲間の裏切りを疑う。これは精神的に辛いことだろう。まだ今日ここに来たばかりの僕でもその空気が伝わってくる。


「じゃあまずそこの子供二人をクビにするのはどうですか? 仕事なら俺と田所さんだけでも十分何とかなりますし、学生は学生らしく学校で学業に専念するべきでしょう」

「風斗お前なぁ……!!」


 言葉を強くし当たってきた風斗さんを父さんが注意する。そこには自分の息子が侮辱されたことへの怒りも含まれていた。


「……少し言い過ぎました。すいません」


 相変わらず無表情で何を考えているか、どんな感情なのかイマイチ分からなかったが、つい放ってしまった言葉に悪気を感じているということだけは汲み取れる。


「はぁ……じゃあ話を戻して、二つ目に奴のランストは違法改造されたもので間違いない」

「わたくしが見たものは特に通常の物と変わりませんでしたが、何か根拠があるのでしょうか?」

「あぁそうだ。さっき調べてみたんだが、奴が変身したと思われる形跡が一切なかった」


 ランストは変身の際に必ずどこで変身したのか、今どこにいるのかなどの情報を自動で政府に送ることとなっている。

 これはランストを使った犯罪行為を防止するためである。


「だからこそ厄介なんだ。改造されているせいで奴を見つける手がかりが一切ない。

 だからこれからは奴の目撃情報があり次第、新ダンジョン出現時同様にすぐにその場所まで向かってもらうこととする」


 つまりエックスはDOにとって指名手配犯になったってことだよな……あの時僕が取り逃さなければ……

 

 僕の失敗で周りに迷惑がかかってしまった。そのことに罪悪感を感じてしまう。


「とりあえずこれで会議は終わりだ。仕事に戻ってくれ」


 こうしてエックスについての軽い会議が終わり、父さんと風斗さんは仕事に戻って行った。


「生人さん。少しよろしいでしょうか?」


 僕が席を立ち会議室から出ようとした時、ずっと何か考え事をしていた峰山さんがこちらに話しかけてくる。

 僕はドアノブにかけた手を下ろし彼女の方に振り返る。


「先程混乱していて忘れていたのですが、あのダンジョンで手に入れた必要のないアイテムカードを出してくれますか? 研究所の方に提出しないといけませんので」


 基本的に一般ダンジョン配信者は入手したアイテムカードは自動で研究所に送られる。それを換金してもらって生活している人もいる。

 しかしDOでは仕事の使用のために必要なカードは所持したままでいられるのだ。だから必要のないカードは自分から預けに行く必要があるのだ。

 預けに行くといってもここと同じビルの部屋に置いてくるだけだが。


「そういえばそうだったね。今までずっと自動で送られてたから忘れてたよ。はいこれ」


 僕は先程手に入れたイカ達のドロップカードを全て峰山さんに渡す。


「あと、今日の夜九時あたり時間空いてますでしょうか?」


 受け取り際に彼女が唐突に話を切り替えて、今日の夜九時に暇かどうか尋ねてくる。


「え? まぁやることないから暇だけど、何かするの?」

「色々と。時間になったらそちらに伺いますので。では」


 それだけ言うと彼女はカードを届けに行くためか会議室から出て行った。

 

 九時に僕の部屋に? 一体何をするつもりなんだろう?

 

 疑問に思いつつも尋ねる相手がいないので、それを胸にしまって自室に戻って、それから引っ越しの段ボールから荷物を取り出して部屋に物を配置する。

 

 途中で自室の冷蔵庫にジュースやアイスを買うためにこの敷地内にあるコンビニに出かけたり、そんなことをして時間を潰しているといつのまにか時刻は午後九時になっていた。

 今頃風斗さんや田所さんは仕事を終えてここの自分の部屋に帰っている頃だろう。そして峰山さんが僕の部屋に来ようとしている頃だ。

 コップに注いだ氷たっぷりの炭酸飲料を飲んでいると扉がノックされる。


「すみません。起きていますでしょうか?」


 扉の向こうからは丁寧な声が、峰山さんの声が聞こえてきた。


「起きてるよ。入って、どうぞ」


 僕は扉を開けて彼女を部屋に招き入れようとする。扉の先にいたのは天使と見間違えてしまうような服装と雰囲気の峰山さんだった。

 

 白のワンピースに似たパジャマを着ていて、それはフリルのようなものがついており、スカート部分の下側は透けて透明感が出ている。

 容姿も服装もまるで天使の女の子が不意に目の前に現れたせいで、僕の胸は一回ドクンと大きな音を立てるのだった。

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