第8話 謎の変身者

 なんだ他の配信者も偶然ここに来ていたのか。あの人もこの異常事態に巻き込まれたのかな。とにかく何か知ってないか聞いてみよう。


「あのー……」

 

 僕が声をかけようとしたその時、その人は突然デッキケースからカードを一枚取り出す。それはアイテムカードだったようで、それを具現化させ剣を出現させる。


「戦え……」


 何故剣を出したのかと頭に疑問符が浮かぶのと同時に、突然奴が禍々しい紫色の光の球体をこちらに向かって放ってきた。

 それは僕の目の前の地面に着弾して大きな爆発を発生させる。


「うわっ!! 何するんだ!?」


 急に同じ人間に攻撃されたことに戸惑いながらも僕は咄嗟に戦闘体勢に入る。


「大丈夫ですか生人さん!? 奴は一体……」


 峰山さんが弓を構え奴の方に向けて牽制しながら僕の心配をしてくれる。

 

「二対一か。面白い」


 奴の声はよく聞くと機械音声のようなもので、僕達みたいに肉声ではない。

 考える暇も与えてくれず、奴はデッキケースからもう一枚カードを取り出す。


「動かないでくださいっ!!」


 しかし峰山さんが即座に反応して奴のカードを持っている手目掛けて矢を放つ。


「無駄だ」


 奴はその矢を回し蹴りで弾き返し、何事もなかったかのようにしてカードをセットする。


[アーマーカード シャーク レベル8 start up……]


「くっ、ならわたくしも……!!」


 彼女もそれに応じるようにして、デッキケースからアーマーカードを取り出してセットする。


[アーマーカード ガトリング レベル5 start up……]


 二人はほぼ同じタイミングでアーマーを纏う。奴は青色のサメのような、峰山さんは銀色に輝いている鎧だった。彼女の左腕はガトリング砲のようなものとなっており、彼女はそこにある窪みに弓を嵌める。


「峰山さん。危なくなったらすぐに脱出しよう」

「えぇ。しかしその前に目の前の人に色々と尋問する必要がありそうですし、それは最後の手段としましょう」


 確かに今僕達は脱出機能で即座に逃げ帰ることができる。しかしこんな異常事態を起こしたと思われる犯人を目の前にして脱出するのは、犯人をみすみす逃すのと同義なのでそれはヒーローとしてできない。


「まずはわたくしが牽制します! 隙を見て攻撃してください!」


 彼女はガトリング砲を奴に向けてそこから大量の矢を高速で放つ。

 奴はその矢の雨が迫って来ても全く動じず冷静にカードを一枚素早くセットして対応する。


[スキルカード 疾風]


 その矢達の合間を潜り抜けて一気にこちらに急接近してくる。


「まずい!! 僕も疾風を……」


 すぐに僕も同じ疾風のカードを出そうとするが、それよりも早く奴が僕の右手首を掴みそれを阻止してしまう。


「的確な判断だ。しかし無駄だ……」


 手首を強く捻られてしまい激痛が走るが、逆にその捻りを利用して体を回転させ奴の頭部目掛けて回し蹴りをくらわせる。

 しかしその一撃すらも奴の手に掴まれてしまう。


「開口」


 突如として奴の手がサメの口のようなものへと変わりその口は鋭い牙をちらつかせ噛みつく。


「あがっ……!!」


 噛む力に圧迫されて、足の骨が折れてしまうのではないかと思う程の力が加えられる。そんな状態でも僕は勝つために次の一手を打つ。


「峰山さん今だ!!」


 僕は空いている片手片足で奴にしがみつき動きを封じ込めた。幸い疾風の効果はもう切れている。これで奴は彼女の矢を躱すことはできない。

 峰山さんもDOに入っているだけのことはあり反応が速く、間を置かずに大量の矢を奴の背中に浴びせる。


「ちっ……離せっ!!」


 矢を背中で受けながら奴は僕を振り解き放り投げ、その場に転がって矢を躱す。


「今回はここまでにしておこう」


 奴がそう言うと再び僕と峰山さんの体が光に包まれ始める。今度こそ元いた場所へと転送されるのだろう。


「ま、待て!! お前は何者なんだ!!」


 完全に光に包まれてしまう前に僕は少しでも情報を得ようと奴に問いかけた。


「名乗る義理はない」


 しかしその問いかけはクールに流されてしまい、それ以上のことはできずに光に包まれて元いた場所へと転送される。

 光で前が見えなくなり次に視界が晴れた時には元いた場所に、DOの部屋にいた。変身は戻る際に自動で解除されるようになっており、念のため僕は謎の人物に噛まれた箇所をみたが少し腫れてる程度だった。


「完全に逃げられましたね……」


 峰山さんが悔しそうにして下唇を噛み締める。

 その気持ちは僕も同じだ。目の前に倒すべき存在がいるのに、倒せずに逃げられてしまった。

 いや違う。逃がしてもらったのだ。それが僕にとって屈辱だった。

 

 二人がかりだから何とかなったけど、もし僕一人だったら……

 

 奴に負けてしまう姿を想像してしまい、先程までの怒りとは一転して僕の心は沈んでしまう。

 

「この件はわたくしが指揮官に報告しておきます。生人さんは今日はもう休んでください」

「うん。そうさせてもらうよ」


 僕は彼女と別れて、ダンジョンに行く前に案内された自分の部屋に行く。入るとすぐに服を脱ぎ部屋に付いているお風呂に入る。

 

「うーん。やっぱりそこまでの怪我じゃないな」


 シャワーを浴びるついでに風呂に設置してあった鏡でさっき噛まれた所をもう一度よく見てみる。圧迫されて少し赤くなっている以外異常はなかったし、骨も折れている感じはなかった。

 

 それにしても、あの人は一体何だったんだ?

 

 僕は先程襲いかかってきた謎の人物について思考を巡らす。奴はほとんど自分の素性を、目的も明かさなかった。しかし僕は一つだけ気になることがあった。

 それは奴の声だ。明らかに機械を通した人工音声だった。そのことから僕はある仮説を立ててしまった。

 

 あの人物は僕か峰山さんのどちらかもしくは両方の知り合いで、声で正体がバレてしまうから人工音声を使っていたのではないかと。

 そんな考えが脳裏をよぎったが、そんな根拠もなく人を疑うような考えはすぐに体と一緒に洗い流して風呂から出る。


「アイス……は買わないとないよね」


 服を着てからいつものクセで冷蔵庫を覗くが、この部屋に引っ越してきたばかりなので何も入ってなかった。

 時計を見てみると十五時手前くらいだ。


「今日はもう休めって言われちゃったし……どうするかなぁ」


 持て余した時間をどうしようかと考えていると突然スマホから着信音が鳴り出した。手に取って見るとそれは父さんからの着信だ。


「生人。今部屋か?」

「そうだけどどうかしたの?」

「緊急集合だ今すぐに会議室に来い。寧々から場所は聞いているよな?」

「うん。今シャワー浴びて着替え終わった所だからすぐ行くよ」


 僕は部屋を出て数時間前に峰山さんから説明を受けた会議室へと足を運ぶのだった。

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