真逆の光景
ベースとなる休憩所から、北に進むと林道がある。
林道は短く、抜けるとすぐに広い場所へ出た。
片側は木の生い茂った斜面。
反対側には、いくつも民家が立ち並んでいる。
進む道は、今のところ一本道だ。
昨日、リオさんを除いた三人が散策をしたことで、地理を把握することができた。
道なりに真っ直ぐ進むと、分かれ道に出る。
片方は病院。
片方は学校。
他は疎らに民家があったり、最奥にはマンションらしき建物まであるという。
まずは、ベースから一番近い民家を訪れた。
老朽化が進んだ古民家だ。
黒ずんだ外壁に、木の格子がはめられた引き戸。
インターホンはなくて、鍵は壊れている。
「どもーっ」
リオさんが黄色い声で挨拶をした。
喪服の上は脱ぎ、半裸に近い格好だ。
引き戸をノックすると、すぐに中からは人が出てきた。
顔がタトゥー塗れの男が一人。
「……誰?」
「実はー、遭難しちゃいましてー」
「は? 遭難?」
「今晩泊めてほしいなー、って」
男はオレの方を見る。
念のため、カメラはポケットに入れている。
小型なので、ギリギリ入るくらいの大きさだ。
コツ……。
見ないようにしているが、たぶん家の中には、他の奴がいる。
玄関のすぐ隣には、窓ガラスがあった。
窓の奥は居間か。
オレが考えを巡らせていると、視線を感じた。
目を持ち上げると、男がオレをジーっと見ている。
「キミだけならいいよ」
(だろうな)
相手が凶悪犯なら、やる事は一つ。
男なんているだけ邪魔だろう。
刑務所に入っていたというから、少しは更生しているかと思った。
だが、結局はこれだ。
オレは今の一言と、下心を隠そうともしない目線で確信した。
「えー、どうしてもダメですかぁー?」
「泊めてほしいんでしょ? 言っとくけど。おれは優しい方だよ。他の人はすぐに断るからね」
リオさんは考える素振りをして、オレを見つめた。
「ごめーんね」
オレは一歩下がって、手を振る。
民家の前から離れるふりをした。
リオさんは馴れ馴れしく肩を抱かれ、中に入っていく。
ふと、すぐ傍の窓ガラスに目を向けると、引かれていたレースカーテンが揺れた。
レースの向こうでは、黒い人影が薄く見えて、奥に引っ込んでいくのが見える。立ち止まっていると、怪しまれるので、この間に周りを確認する。
家と家の間には間隔がある。
緑に富んだ空き地がポツンと間にあって、その奥に段差があり、民家があるといった地形だ。
周辺の住民は出てくる気配がない。
また、見られている気配がない。
オレが確認をしていると、家の中からは物音がした。
ガタガタ、ガタン。
物が転げ落ちる激しい音だ。
「ふぅー。覚悟決めるか」
一日、ゆっくり考えた結果。
オレはどうしても金が欲しい。
どうせ逃げ場がないなら、覚悟を決めるしかない。
深呼吸をして、吐くことも覚悟をして、オレは玄関に近づいた。
引き戸を開けると、男の怒鳴り声が聞こえた。
「オラ。抵抗すんなや!」
もしも、経験があるなら最悪の光景と言っていい。
家の中は、玄関に入ると目の前に階段があった。
階段は物で塞がっており、通れなくなっている。
声は居間の方から聞こえていた。
一瞬、靴を脱ぎそうになった。
だが、はみ出した踵を戻し、土足のまま中に上がり込む。
同時にポケットからカメラを取り出し、起動。
そして、声のする居間の方に向かい、開きっぱなしのドアを潜ると、オレは驚いてしまう。
「ん”-っ! ん”-っ!」
押さえられているのは、男の方だった。
人数は三人。
一人は口を押えて床に転がり、もう一人はババに首を絞められている。
残りの一人は、リョウコさんに顔を踏まれていた。
口にはダクトテープを貼られており、リオさんがヘラヘラと笑う。
「ちょっろ♪」
「手慣れてるな……」
「男なんて、胸見せれば一発よ。ふふん♪」
何で、わざわざリオさんが玄関から半裸みたいな恰好で訪れたか。
裏からリョウコさん達が入るためだ。
その場で行為に及んだら、その時はその時だそうだ。
一番、男を誘惑することに慣れていて、可愛らしい顔立ちのリオさんは、最適だった。
男たちは、どうせろくでもない事を考えていたのだろう。
ズボンは脱いでおり、粗末なものが露出している。
「あれ? な、ナギは?」
「そこで寝てるよ。昨日は、遅くまで付き合わせたからな」
汚いソファの上で膝を折り、ナギは熟睡していた。
昨日、こいつらが戻ってきたのは、深夜だ。
小さな島だから、一日で周れないことはないが、長時間に及んで散策をしていたらしい。
「さ、て。どいつからやる?」
「どれでもいい。でも、死に顔を……、う、……ふぅ」
一瞬、胃が痺れたが、奥歯を噛んで堪えた。
「カメラで撮りたいから、一人ずつ頼む」
言いながら、オレは思った。
(慣れねえよ。こんなもん。慣れるわけない。考えないように、思考停止しようと自己暗示するだけで精いっぱいだ)
ババは首を捻って考え、口を押えた男を顎で差した。
「んじゃ、そいつからやろうや。リョウコちゃん。こいつの足折ってくんね?」
「待って。だったら、こいつから済ませる」
リョウコさんは手に持った金槌を握りしめた。
逃げないように、リオさんには頭を押さえてもらうよう指示。
そして、自分は腹の上に跨り、ジタバタと動く両足を見下ろした。
ゴヂ、ン。
嫌な音がした。
元気に暴れ回っていた両足がピタリと止む。
「ん”……ぐ……う”う”う”」
リョウコさんは片方の膝を思いっきり叩いた。
すると、くてりと片方の膝が伸びて、動かなくなる。
残った片方は膝を立てたまま、左右に揺れているが、痛くて動かせないらしい。
「はーい。痛いねー。もうちょっと待ってねー」
リオさんは子供をあやすように、男に言った。
それから、再び鈍い音が室内に響き、今度こそ男は両足を動かせなくなった。
「紐で縛ったりしなくていいのか?」
「必要ないよ」
リョウコさんが立ち上がると、適当な素振りで足を蹴る。
「んぐっ!」
膝から下だけが回転し、別の方を向いていた。
「両足ないのに、どうやって逃げんの?」
リョウコさんが、にっと笑った。
一人に対して、何の躊躇いもなく足を折る。
この行為を目の当たりにしたことで、他の二人は縮み上がった。
「――っ」
口を押えた男が逃げようと、オレの方に向かってくる。
しかし、リョウコさんの方が速かった。
さりげなく足を掛け、転倒させたのだ。
「ふぎっ」
「逃げんなって。女がいて嬉しいんだろ?」
リョウコさんが馬乗りになって、男の胸倉を掴んだ。
かと思いきや、金槌を握った手で、顔を軽く殴る。
バチン。
軽い調子で殴ったというのに、男の頭部は弾かれたように真横へ向いた。
(こりゃ、……死ぬな)
俄かには信じられなかった70人殺し。
今、ようやく分かった気がする。
例えば、筋肉の発達した男が女相手に顔を殴ったら、グッタリするだろう。その時、見てる側は「死ぬんじゃないか」とゾッとする。
その光景が、目の前で男相手にやられているのだ。
リョウコさんのパンチが異常に強いのは、オレも体感しているので知っていた。
軽く殴られただけで、よろめくほどだ。
「リーダー」
「あ、ああ」
「悪いけど。押さえてて」
「分かった」
グッタリする男を全身で押さえ込み、鼻と口から垂れた血が、カメラの画面に映る。
「……い……嫌だ! 嫌だ! おい! 助けて――」
ゴヂ……っ。
背後からは金槌で膝を折る音が聞こえてきた。
すぐ後に、男のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
「ん”ん”!」
ババが口を手で押さえているのだろう。
悲鳴が居間から外に漏れることはなかった。
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