悲願

 研修の内容は、主に体力作りだった。

 これだけでも、相当変な内容だが、オレはカメラの使い方を教えられた。


 ナイトビジョンは、特に重要だという。

 鈍臭い真似をせずに、パパっとカメラのモードを切り替え、撮影に徹するのが目的らしい。


 そして、早くも一週間が経った頃。

 説明会でプロジェクトを説明した男と面会することになった。

 オレ以外は誰もいない会議室。

 目の前に男が座ると、ニコニコ笑ってオレの手を取ってきた。


「すごいじゃないか。新田さん」


 何を褒められたのか、やはり理解できない。

 頭の整理が追い付かず、半分以上が思考停止の状態だった。

 それでも、お金がもらえるのなら、オレはやる。


 男はタッチパッドをテーブルに置き、オレにも見えるよう真ん中にずらす。


「リオに、リョウコ。ババに、ナギ。うん、うん。いや、実はね。本当に困ってたんだ。撮影役はまともな人じゃないとダメだからねぇ。うん」


 嘆息を交え、オレは聞いた。


「すいません。オレ、このプロジェクト、未だに意味が分からなくて」

「島の方に着いてから説明するよ。でないと、パニックを起こすからね」

「はあ」

「それで、島に着いてからの説明で、全部わかると思うから。今は、何となく頭に留意してほしいんだ」


 手を組み、男は真剣な目でオレを見てきた。


「撮影した映像は、ご遺族に見せる」

「遺族……」

「あぁ、君のじゃないよ。被害者の。初日に説明した通り、現行法で裁いたって、誰も救われないんだ。それどころか、再犯率は90%以上。ほぼやると言っていい。だからね。彼らは――。普通に現代社会で生きる人は――、ってところだね」


 聞いた話をまとめると、オレはこれから島に行って、凶悪犯の姿をカメラで撮影すればいいのだろう。

 その映像記録は、遺族の方に見せるという。


 そこまで聞いて、「反省しているか、どうか、ってところか」と、推測。


「信じられるかい? 小学四年生の子まで、大の男から乱暴される。数年が経てば、釈放される。そしたら、また再犯するんだ。人の頭部を切って、人目に付く場所に置いたやつだっている。反省なんかしちゃいない」


 悔しげに、男は目を伏せた。


「でもね。刑務官や、一般人では、彼らに対して報いを受けさせることができないんだ。なぜか、分かるかい?」

「……すいません。ちっともわからないです」

「いいんだ。それが普通。ようするに、目には目を。歯には歯を、だ」


 にっこりと笑って、オレの手を取ってくる。


「やッッッと、国際で動いてくれた。日本も外国人を含めて、逮捕する事ができる。法の施行が始まってくれる。……問題はね。野良犬を飼ってくれる人がいなかったんだ。それどころか、逆に食われてきた。今回の研修で、思うような成果がなかったら、……別の手を考えていた。最悪、健全な人間を育てるところから、始まったかもしれない」


 よく分からないけど、期待されてるって事だろうか。


「やっと、やっと、遺族の方々が、前を向いて歩ける。苦しみを少しでも減らしてあげられる。……もっと早く、こうするべきだったんだ」


 男の指がオレの手に食い込んでいた。

 痛かったが、振り解けない。

 オレの分からないところで、色々な苦労があるのは伝わってくる。


 男は目に涙を浮かべて、独りでに頷いていた。

 オレのやろうとしている事が、誰かのためになるなら。

 それは、オレとしても、嬉しい限りだ。

 誰かの役に立てるのは、逆に感謝したいくらいだった。


「それじゃあ、研修期間が終わるまで、頼んだよ」

「はい」


 その後、四人の事を少しだけ説明された。

 癖があるのは知っていたが、四人とも刑務所にいたらしい。

 だから、心を開くことは推奨しないと念を押された。


 *


 自分の部屋に戻ると、四人が待っていた。


「おぉ。遅かったじゃん」


 ババがにやっと口角を釣り上げ、笑った。

 奇妙な事に、こいつからは懐かれるようになった。

 そばには、ナギが立っている。


「何か言われた?」

「いや。……オレ、このプロジェクトの事何も分からないんだけど。はぐらかされるんだ」


 リオさんは、リョウコさんの腕に絡み、前後に揺れている。

 リョウコさんの場合、心を許してくれているわけではないが、一緒にいる事が多くなった。


 たぶん、近くにリオさんがいるからだろう。


「ただ、オレ達がやることは、誰かの役に立つみたいだ」

「そりゃ、そうだろうな」


 ババが頷く。

 その反応を見るに、オレとは違って、何かしら事情を聞いているのかもしれない。


 一人だけ蚊帳の外なのは、良い気がしない。

 だけど、事情があるんだろうし、詮索はしなかった。


「ね。今日の夜さ。バーベキューしようよ」

「いいね! セットは、あいつらから借りればいいっしょ」


 リオさん達が話している間、オレは何気なく周りを見た。


(何か、人が減ってる気がするんだよな……)


 敷地内には、もっと人がいたはずだが、いつの間にか減ってる気がした。その事から推測するに、プロジェクトを辞退したのだとオレは思った。


 ともあれ、リオさんのおかげで、共同生活がそれほど悪い物にならずに済んだ。彼女に感謝をして、オレは山登り訓練に備えて、着替える事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る