愛護島
絶海の島
愛護島は、神奈川県の真下にある大島を経由し、南東に船で進んだ先にある。
「すっごぉい! 海ばっか!」
リオさんは、無邪気にはしゃいでいた。
オレ達の乗る小さな船の周りには、自衛隊の物と思われる船が遠くに見える。それ以外は、海しか見えない。
「なぁ。ちょっと、いいか?」
「ん?」
上半身のシャツを脱いだババが、首を傾げて言った。
「んで、喪服なんだよ!」
ババの不満はごもっともだ。
オレ達は、全員が喪服を着ていた。
オレは上下をちゃんと着ているが、さすがにネクタイは緩めている。
ババの場合は、シャツを脱いで裸の上に喪服。
リオさんは、男物より涼しそうな上下の喪服。下はスカートを履いていた。
ナギは、小学生がしそうな恰好だ。
上はシャツで、下は黒い短パン。
リョウコさんは、ババと似たような恰好。
タンクトップの上に、女物の喪服を着ており、下はズボンだ。
全員が黒い恰好なので、熱を吸収するったら、ありゃしない。
すでに汗だくとなっているオレは、地平線の向こうに見える小さな島を睨んだ。
「みんな、忘れないでね。アキラくんのことは、リーダーだからね!」
理由は、情報が洩れないためだ。
遺族に見せるのに、オレの名前を呼ばれたら、何かの拍子で世間にオレの名前だけが流布される。
国際的にやってる事とはいえ、個人名がバレたりすれば、オレにだけ変な重圧がかかってくる。
妹にこれ以上迷惑を掛けたくないオレは、自分からもお願いした。
名前以外なら、何でもいいと。
「へいへい。ったくよぉ。あっちぃな!」
「夏だからね……」
「お前は良いよな! 涼しそうじゃねえか」
「別に……」
初めに出会った当初は、仲が悪いのかと思っていた。
だが、改めてみると、二人は結構仲が良いらしい。
「ね。リーダー。こっち、こっち」
腕を引かれて、船首の方に連れていかれる。
気にしないようにしているが、リオさんはどうにも人懐っこいらしい。
常に腕を絡めてきたり、スキンシップが非常に多い。
「魚泳いでる!」
「海、綺麗だもんなぁ」
海面を差すと、確かに魚らしき何かが海中を泳いでいた。
青い海は透明度が高くて、愛護島に近づけば、近づくほどに澄んでいる。
海はこんなに綺麗だった、という事実に改めて驚かされた。
東京の海は、何というか汚くて、あまり澄んでいない。
それに比べて、今目の前にある海は、透き通った蜜の上にいるみたいだった。
波がうねると、白い水飛沫が顔に掛かり、一気に眼鏡が曇る。
「あはは。待って。拭いたげる」
オレから眼鏡を取ると、リオさんはシャツの裾を引っ張り、レンズを拭いた。眼鏡を掛けようとしてくれるが、船が上下に揺れているせいで、上手く掛けれない。
落とされても困るので、眼鏡を受け取って自分で掛け直した。
「リーダー。煙草、持ってる?」
珍しくリョウコさんが声を掛けてきた。
オレは上着のポケットから、煙草とライターを取り出して彼女に渡した。
「……ありがと」
手で風よけを作り、リョウコさんが煙草に火を点けた。
片側に寄せた長い前髪が風に靡き、目元を隠している。
見た目は、カッコいい女性って感じだ。
無愛想ではあるが、出会い頭に比べたら、眉間に皺を刻むことが少なくなった。
煙草を返すと、リョウコさんは柵に手を突いて、白い煙を吐き出した。
「そういや、煙草とかどうすんだ? 積んでねえだろ」
「聞いてなかったの? 全部、島の方に用意されてるよ。なくなる前に、補充しに来るって言ってたし」
ナギが代わりに答えてくれる。
喫煙者からすれば、これほどありがたい事はない。
何せ、一年分は段ボールで用意してくれているらしいから、困る事はないだろう。
その代わり、スマホなどの通信機器はなし。
島の方に休憩所があり、そこで連絡を取る事になるようだ。
「へぇ。飯は?」
「向こうで農家やってくれてる人がいるから。それで分けてもらうんだって。保存食とかも、缶詰とか積んでるって話」
「至れり尽くせりだな」
小さな島とはいうが、昔は学校や病院まであり、それなりに広い土地だったみたいだ。
オレは何だか、年甲斐もなく修学旅行をしている気分になり、少しだけ楽しくなっていた。
柵に手を突いて、オレは海の向こうを見つめる。
(これで、……あいつらの事、少しは楽にできるよな。今まで、情けない兄でごめんな)
妹に謝罪をして、オレは煙草を取り出した。
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