リョウコ
何枚も契約書に名前を書かされた後、オレは自分に割り当てられた部屋に向かった。
部屋は6畳一間。
トイレとお風呂は外だ。
人数分の仮設住宅が建てられているわけではなかったので、てっきり誰かと相部屋になると思っていた。
ところが、部屋はオレ一人らしい。
「布団とか。……あ、缶詰? 色々、置いてあるな」
隅っこには、段ボールがあった。
中は水や食料。日用品もある。
何だか、刑務所に入ってる気分になった。
もっとも、刑務所はここより快適ではないが。
――コン、コン。
部屋のドアをノックされた。
「はい」
ドアを開けると、外にはリオさんが立っていた。
歯を見せて、にっと笑うと、体を押し込むようにして中へ入ってくる。
「来ちゃった♪」
「来ちゃった、って」
「一人は嫌なの。ね、お話ししようよ」
オレが何か言うよりも早く、靴を脱いで中に入ってくる。
畳んだ布団の上に座ると、相変わらず微笑を浮かべたまま、オレをじっと見つめてきた。
「ワタシ、アキラくんがいい」
「ん? 何がですか?」
「敬語やめて。タメ口でいいよ~」
参ったな。
ぐいぐい来られるのは、少し苦手だ。
だけど、一応仲良くやるために、オレはもやっとしながら、「わかった」とタメ口で話した。
「今日の説明会びっくりしたでしょ」
「あぁ、うん。そうだね」
「あははっ。仕方ないよ。だって、国の偉い人も色々大変みたいだから」
正直、凶悪犯の相手なんて、想像もつかない。
オレが僅かばかりの不安を押し殺してると、リオさんが顔を覗き込んでくる。
「んねぇ。アキラくん。ワタシと、他の人達の共通点。何かわかる?」
「共通点ですか? え、なんだろう。分からないで――」
ぷにっ。
頬を摘ままれ、言葉が途切れる。
「敬語。やめて」
思わず、息を呑んだ。
可憐な外見からは想像もできない、ドスの利いた低い声。
「……わかった」
オレが答えると、リオさんがにっこりと笑う。
さっきの彼女とは、別人だった。
「分かってくれたら、いいの。ごめんね」
「はあ……」
「アキラくん。真面目だから、助けようと思ったの。助けたいだけなの。ほら。せっかく外に出れて、ウキウキしてるからさ。もしかしたら、誰かにイジメられるかもしれないし」
共同生活ってなると、やはりイジメとか絶えないんだろうな。
そんな事を考えていると、リオさんはオレの手を引いて立ち上がる。
「外、行こ」
「……わかった」
いつの間にか、外は日が傾いている。
夕暮れだけど、夏だから日が長いので、暗くはなかった。
「ワタシ達はね。性犯罪を起こしてないから、外に出られたんだよ。あと、人と話せること。他にも、色々な理由があるけど。……だいたい、これくらいかな」
頭が追い付かない。
性犯罪を起こしていない。
人と話せる。
――当たり前だろう。
むしろ、犯罪なんてやらかしたら、まともに外を歩けない。
(なんか……嚙み合わないな……)
ズレてる気がした。
オレが彼女の後頭部を見ていると、突然リオさんは手を上げた。
「あ、おーい。リョウコちゃん!」
別の部屋に向かって歩いていくと、外で煙草を吸ってる人に声を掛け始めた。
リョウコと呼ばれた人は、ラフな恰好をしていた。
タンクトップ姿なので、体のラインがハッキリと見える。
ショートカットでボーイッシュな人だから、一見すると男に間違えてしまう。だが、胸の膨らみを見るに、女性のようだ。
(すごい……体つきだな……)
二の腕は、筋肉の溝がくっきりと浮かび上がっていた。
タンクトップ越しではあるが、背中や体の前も、どことなく引き締まっている。
首筋や肩などには、鬼のタトゥーが彫ってある。
恐らく、わき腹にもタトゥーをしているのだろう。
生地越しに透けて見えていた。
「ね。リョウコちゃん。どうせ、馴染めなくて困ってるでしょ」
リオさんはオレに手を向け、
「この人。アキラくん」
「……どうも」
オレが会釈をすると、リョウコさんは黙っていた。
ジロジロとオレを見てくるが、挨拶を返す気配がない。
眉間には皺が刻まれ、何か怒ってる風だった。
「ほ~ら。挨拶」
「……リョウコです。よろしく」
ぼそっと挨拶を返されたが、やはり不機嫌だった。
何となく、彼女の反応から男嫌いなのかな、と予想。
リオさんはクスクスと笑い、リョウコさんの横に立つと、手でメガホンを作った。
こそこそと何か話していた。
話を聞いていたリョウコさんは、眉間の皺が薄くなり、嘆息する。
「アキラくん。リョウコちゃんは、絶対にいた方がいいよ」
オレには彼女が何を話しているのか、まるで分からない。
リオさんだけじゃない。
ここに来た時から、変な疎外感がある。
それこそ、オレだけが異物であるかのような、疎外感。
「そう、なの?」
「うん、うんっ。チームには必要不可欠。だって、喧嘩強いもん」
仕事の現場を考えるなら、確かに腕っ節の強い人は必要かもしれない。
仲良くなっておけ、って事か。
「へえ。すごいですね」
「……別に」
素っ気ない返事に、リオさんは苦笑いをした。
リョウコさんの紹介が終わると、三人で他愛のない話をした。
といっても、リオさんが一方的に話してるだけだ。
気になるのは、オレ達が話す様子を自衛隊の人達が見ていた事か。
ともあれ、オレは話半分を聞き流して、風呂に入る事を今から考えていた。
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