説明会

 会議室の前に立つと、スーツ姿の男は言った。


「えー、皆さま。初めまして。自己紹介は省かせてもらいます。今日、皆さまに集まっていただいたのは、他でもありません。国際的なプロジェクトに参加してくださったことを大変心からありがたく思います」


 相手が礼をしたことで、オレもつい礼をしてしまった。


「……ん?」


 礼をした途端、全員が一斉にこっちを振り返った。

 何て言い表せばいいのかな。

 大きく目を開いて、口を半開きに、ぽかんとした感じ。


「はは。いいんですよ。そう。頭を下げるのは悪い事じゃない」


 照れくさくなり、オレは縮こまってしまう。

 ふと、二の腕をつつかれ、振り向く。


「……アキラくん。真面目だね」

「……はあ」


 リオさんは、オレの隣に座ってきた。

 心なしか、距離もだいぶ近い。


「えー、更生支援プロジェクト。という名前ですが、決して犯罪者の方々を更生させるわけではありません。あ、部屋暗くして」


 入口の所には、別の男が立っていた。

 見れば、オレ達の真後ろには迷彩服を着た男たちがズラリと並んでいる。全員が手に拳銃を握り、背筋を伸ばしていた。


「現在、日本では犯罪件数が増えており、混乱を極めております。外国からも、ろくでもない輩が来ましてね。いやぁ、参ったものです」


 ホワイトボードには、何かの画像が映し出された。

 壊れた車の写真だ。

 フロントガラスには、おびただしい量の血痕が映っている。


「そこで国際会議の場で、世界中で被害者のご遺族の方々を救うべく、このプロジェクトが進められましてね。まあ、現在普通に生活している方々が、犯罪を行わないように、抑止力にするという話ですな。更生は、普通に生きている人たちに対してです。モラルがないでしょう。だからですよ」


 窓際の席。

 オレから見て、反対側の位置に座る男が欠伸をした。


「こら。話を聞かないとダメだぞ」


 注意されても、何食わぬ顔で窓の外を眺めていた。

 やはり、外見だけではなく、柄が悪かった。


「1カ月の研修期間を経て、皆さまには愛護島あいごじまという場所に向かってもらいます。そこからは、一人がカメラを回してもらい、他は動くといった流れです」


 なぜか、男はオレを見た。

 オレは首を前後にスライドさせ、会釈をする。


「体力仕事ですからな。ほとんどの方は、施設で体を鍛えてきたと思いますが、ここからはもっと鍛えてもらいます。これも償いですよ」


 償い?

 首を傾げると、男はオレをじっと見つめてきた。


「そこの君。……あー、……名前は?」

「あ、新田アキラです」

「新田くん。分からない事があるのかな?」


 名指しで呼ばれ、オレは背筋を伸ばした。


「あ、えっと、そうですね。ちょっと、プロジェクトの概要というか。まだ把握しきれていないというか」


 すると、男はにっこりと笑った。


「少しずつ説明しようとは思ったけど。濁しながらじゃ、限界があるもんね。ハッキリ言うとね。君たちが相手するのは、社会的に凶悪とされる犯罪者なんだ」


 息が詰まりそうになるワードだ。

 凶悪犯の相手なんて、オレにはできない。

 だが、ここまできて「やっぱり、辞めます」と口にする勇気がなかった。


「老若男女問わず。詐欺。強姦致死。強盗。集団暴行。やりたい放題の生きる価値がない連中なんだ。こんなのが、世界中にゴロゴロといる。でも、前まで人権を保護する団体がいてね。処分できなかった」


 悲しげに言うのだ。


「苦しむのは、被害者ばかり。泣き寝入りなんてものじゃない。身勝手な連中のせいで、命を絶つ遺族が増えているんだよ。だからね。彼らには、生涯を懸けて償ってもらわなくてはいけないんだ。これが、人の道理だね」


 男は周りを見渡す。

 全員が沈黙していた。

 その中、窓際に座ってる男だけは、また欠伸をしている。


「はは。そいつ」


 指を差すと、後ろに並んでいた隊員たちが、窓際に向かう。

 欠伸をした男の首根っこを掴むと、無理やり引き摺り始めた。


「ってぇな。離せよ」


 ふと、隣を見ると、リオさんがニヤニヤとして笑っている。

 いや、リオさんだけじゃない。

 他の連中も口元に笑みを浮かべ、笑う人が多かった。


「えぇ、では話の続きを」


 引きずり出された男に続き、隊員が三人ほど出ていく。

 戸を閉め切り、外からは怒鳴り声が聞こえてきた。


「ともあれ、犯罪行為を働いた凶悪な人達が相手だから。遠慮はいらないよ。普通の人は、一人もいない。あー、言っておくけど。日本だけではないよ。アメリカでは、すでにやっている。中国に先を越されてしまって、焦っているようだけどね。ははは」


 国際的なプロジェクトで、なおかつ、国が運営するなら、ますます高い給料が支払われるって話は本当だろう。


 でも、凶悪犯を相手に何かするみたいだから、気を付けないと。

 オレはテーブルに乗せた手を組み、心の中で自分に気合を入れた。


 ――パァン。


 乾いた音が外から聞こえた。

 何だろう、と思い出口の方を見るが、人が立っているせいで何が起きたのか分からない。


「えー、事前にお知らせした人たちがいるけど。もう一度、説明しておくね。今日から、二カ月。ここで共同生活をしてもらいます。日用品などは、こちらで準備をするからね。あ、外部と連絡が取りたい人は手を上げて」


 オレは手を上げた。

 妹に一言伝えておかないと。


「うん。じゃあ、話が終わったら、入口の方に行こうか」


 そこからは、プロジェクトの意義だとか。

 犯罪撲滅だとか。

 社会的な運動の一環だということを延々と説明された。


 給料の事も説明されたので、聞きたかった事は他にない。

 こうして、オレは研修を受ける事になった。

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