リオ

 更生支援プロジェクトに応募した結果は採用。

 オレはめでたく高給取りの仕事を受ける事ができた。

 だが、問題はオレに勤まるかどうか。


 研修所は、自衛隊が使う演習場で行われた。

 遠くを見れば、山の稜線りょうせんがハッキリと見える。


 足元は草が生い茂っている。

 入ってくる時もそうだが、広い敷地は鉄条網で囲まれている。

 有刺鉄線が付いていたので、無理に出ようとすれば怪我をするだろう。


 広い敷地の中には、仮設住宅のような小さい建物がいくつも並んでいた。その中の一つは、会議室みたいな場所になっている。

 オレは筆記用具や必要最低限の道具を持ち、椅子に座っていた。


(他にも、……志望者入るだろうと思っていたけど。なんか、思ったより少ないな)


 高給で30万だ。

 仕事を辞めてでも、支援プロジェクトに参加する人がいると思っていた。でも、小さな会議室には、せいぜい10人ちょっと。


 黙って椅子に座りながら、オレは目だけを動かした。

 周りを見ると、全員が眠たそうにしている。


(やっぱ、前科持ちの人ばっかりなのか。どことなく柄が悪いって言うか)


 オレは唐突に不安な気持ちが込み上げてきた。

 周りにいるのは、顔中がピアスだらけの男。

 メイクを決めた女の人。

 不機嫌そうな女。

 首にタトゥーを入れた男女。


 様々だ。


(まだ、説明まで時間があるし。煙草でも吸ってこようかな)


 そう思い、席を立つ。

 引き戸を開けて外に出ると、すぐ脇にある灰皿のそばに立った。


 カチン。

 ライターで火を点け、煙を肺に吸い込んだ時だった。

 すぐ隣から気配を感じたので、振り向く。


「……じーっ」


 と、女の人がオレを見上げていた。

 壁際に立つと、その女は煙草を吸うわけでもなく、オレの隣に立つ。


「……あの……何か?」

「いやぁ。中、空気悪くて。あ、はは。近くにいてもいい?」

「……どうぞ」


 妙に距離感が近い人だ。

 控えめに隣を見る。

 背はやや小さくて、とても可憐な人だった。


 頭の横でセミロングの髪を結んでおり、中にいる人同様に、眠たげな目をしている。微笑を浮かべたまま、ずっとオレを見上げた隣人の印象は、愛想の良い人って感じだった。


「名前、何て言うの?」

「あ、新田アキラです」

「そ。ワタシ、リオ。よろしくね」


 手を差し出され、オレは慌てて握り返した。

 リオさんはオレの手を取ると、上下に振る。

 何だか、人懐っこい人だ。


「アキラくんってさ」


 早速、距離を詰めてきたリオにオレはドギマギした。


「何か、よね」

「違う?」

「ワタシ達と、な~んか、どこか違うなぁって」

「何がですか?」

「雰囲気?」


 何の話をしているのか、オレには分からない。

 黙って煙草を吸っているのも難なので、今度はオレから話題を振ってみる事にした。


「そういえば、……志望者、結構少ないですね」

「え、そう?」


 リオの反応は、予想外だった。


「日にち別で、志望者たくさんいたっぽいよ。どうなったかは分からないけど。ウチらは、後の方じゃないかな」

「そう、なんだ」


 金が掛かってると、早い者勝ちみたいな所があるのだろう。

 オレは自分の方が早く応募したと思っていた。

 だが、実際はオレより前に志望者がたくさんいたらしい。


「説明って何をするんでしょうね」

「さあ。でも、職業訓練みたいなものだと思うよ。一カ月くらいは、この場所で過ごすみたいだから」

「……は?」


 聞いていなかった。

 必要な物は筆記用具とか、それくらいだと教えられた。

 泊まり込みで職業訓練をするとは一言も聞いていない。


「一度、家に帰って準備するとか」

「えぇ? 違うでしょ。ほら。周りにウチらの部屋あるじゃん」


 仮設住宅っぽい小屋のことだろう。

 オレが視線を向けていると、銃を持った自衛隊員がこっちを見ていた。


「下着とか。日用品は準備されるんだよ。で、部屋の裏にテントがあるでしょ。あそこがお風呂」

「詳しい、ですね」

「まあ、他の人から聞いたし。あと、隊員の人とか? 色々聞いたりして、場所を把握してたの」


 胸を張って、自慢げに話すリオ。

 オレだけ置いてかれた気がして、何だか疎外感を感じてしまう。


「ね。後で、部屋に遊びに行っていい?」


 突然の事に、オレは「いやぁ」と言葉を濁らせた。

 さすがに、いい歳した男の部屋に若い女が上がり込むのは抵抗がある。

 覗き込んでくるリオを見ると、すぐに視線を目の周りに向けた。

 目の下と目尻には、赤いラインを引いていた。

 メイクだろう。


 ぐいぐいと来るリオは、不思議と目力が強い。

 そのせいで、まともに見れなかった。


 服装まで際どいので、何だか参ってしまう。


「マズい、と思いますよ」

「ダメ?」

「はは。……さすがに」

「ちぇー……」


 リオは口を尖らせた。


(しかし、……泊まり込みか)


 オレが煙草を吸い終わると、ちょうどスーツ姿の男がやってきた。

 ニコニコとしており、「おぉ。説明会始めますよ」と言ってきた。

 慌てて煙草をもみ消すと、男の後に続き、また椅子に座るのだった。

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