第二話 過去と初陣
「……。」
「ふんふんふーん…。」
『……。』
回転草が先頭を行き、それについていく犬娘が1匹。それも深くフードを被り、手さえも見せない完全防備で。恐ろしく珍妙な後継である。幸いなのはこの後継が森の奥深く、獣道ですらない場所で見られるということだろう。
『なぁ、自己紹介しねぇか?あんたは俺らのことを知ってるみたいだが俺らはあんたのことを何も知らねえ。』
巾着の中から、二人にそんな念話が飛ぶ。
「おっと、そうでしたね。改めまして、私は回転草の高砂早苗。神、アルディーリエ様に依頼されてこの世界に転生した、異世界人です。」
「異世界人…?」
『それは異世界に驚いてんのか人の方に驚いてんのかどっちなんだフェリア。』
「どっちもだよ!」
初々しい反応。それが見たかった。コメディはこうでなくては。
「少し、長くなりますが……。」
私は異世界、【地球】という星の、【日本】という国に生まれた人間の女性でした。まぁ、すくすくと育っていたのですが、ある頃試練に耐えられず心に深い闇を負いました。そんな闇から逃れるべく、私は日々夜中の街を放浪していたのですが、ある時、工事中のマンホール、水道の整備口に落ちてしまい、命を絶やしたのです。
落ちていくとき、思いました。《もう、頑張らなくていいんだ。》と。正味、生きていることが辛かったのです。私は。
長い、それは長い時間が過ぎていきました。私は深い眠りに就き、ひたすらに流れゆく時間の波に乗って、ただただ漂うばかり。
ふと、鳥の声が聞こえたような気がして目を覚ますと、そこには眼鏡をかけた白衣姿の黒髪ポニーテールの天使…と言ってもあくまでとても可愛いという形容詞としての天使ですが、まぁ実のところ、彼女こそが神、アウレディーカ様でした。
私はあの方に、このように言われました。
「私の為に、戦記物ラブコメをしてくれ。」
戦記物ラブコメ、というのが何なのかは分かりませんでしたが、その時の私は不思議とその要求に首を縦に振る以外の選択肢を見出すことはありませんでした。
「では、風の随に、波の随に、流れ行ける回転草に転生させてください。」
「そうして、私が生まれました。」
「『………は?』はい?」
その反応、実にまとも。私も同じような反応をした。
「いやいや、何で回転草?」
「ん~……生きるのに疲れたから、ですかね。」
絶句する皆。私さえ言葉が出て来ない。いや、回転草って何だよ。せめて地に足付けるなり足を付けるなりしてくれよ。回るなよ。
「ささ、次は御二方の番ですよ。」
回転草はぴょんぴょんと飛び跳ねて急かす。こうしてみると若干可愛いような気もするけれども、よく考えればこいつ喋るし魔法撃つし人殺すんだよなぁということで、かなり厳しく感じる。
「…………。」
犬娘の方は、語らうのに躊躇している様子。それを察してか、巾着から声が出て来る。
『俺は鰯の刺身だ。』
うーん、やっぱりこのパーティイカれているな。
俺が生まれたのはここから西方に150kmほど行ったところにある大洋だ。そしてまぁ、普通に生活していたところ、番を作る前に漁船に釣られて、塩漬けにされてこの国まで運ばれてきた。割と希少なんだが、届けられたのがあいつの家でな。捌かれて刺身にされた上、なんかニンニク漬けにされた。正直何が何だか分からなかったが、その頃気が付いた。俺は、意識を取り戻していたんだ。こいつ…フェリアの言う所によれば、俺はアーティファクトらしい。俺の残留思念?的なのが刺身になって尚残っていたんだ。そして、俺はこいつの拷問の為にこいつの部屋に置いておかれた。まぁ、腐りそうになってなかなか大変だったが、ある時魔法の使い方が降って沸いてきた。理由は分からねぇが、取り敢えず喋ってみようと思って、こいつと話し始めた。それが始まりだ。
いやー、やはりイカれている。喋るニンニクマシマシ鰯の刺身とか、どこに需要があるんだ。まぁそうなるように仕向けたのは私なんだが。
「アウレディーカ様の仰っていた通りですね。」
回転草は現れたスライムを串刺しにして養分を吸収しながら、相槌を打っていた。スライムも同じ丸型魔物なんだから少しくらい愛着とかないんだろうか。いやまぁないか。回転草だし。
「私は……」
少女は、重い口を開く。唯一のまとも枠なので出来る限り真っ当な自己紹介をしていただきたいものだ。
私の村は、あのジルド侯爵の軍隊に攻撃された。理由は、住民を奴隷にして労働力としてこき使う事。私は戦って、敗けて、捕虜になって…あいつの、ジルド侯爵の性奴隷として慰み者にされた。そこで刺身と会って、逃げて来た。それだけ。
……いや、それだけと違うがな。もう少し感情込めようよ。え、まとも枠だよね?君。そのはずなんだけど。
「大変でしたね~。」
ケルベロスを二体相手にツタで突き刺してて瞬殺している回転草。……こいつ、ラブコメする気あるの?戦記物ですらなくなるんだが?ケルベロスってそれこそ話題に上がっていたジルド侯爵軍が全軍で相手しても死傷者の出るレベルの強敵だよ?それをそうもあっさりと……、製作者として頭抱えるんだけど。君、そんなに強かったっけ?
「まぁ、それはどうでもいいのです。アウレディーカ様の仰るところによれば、私は回転草として、犬と鰯と共に戦記物ラブコメをこの世界に描く必要があるそうなのです。あの方の暇つぶしとして、丁度いいですから、人類を殲滅してみましょう。聞く限り御二方とも人類にいい思い出はなさそうですし。神託ですから、お逆らいになるなら私が処分します。」
脅しも交えながら淡々と用件だけを告げるそのスタイル。強者感はすごい漂ってくるんだけどラブコメ要素忘れないでね?……この子ラブコメ読むのかな。ちょっと向こうの神に問い合わせてみるか。
「私は……あいつらを殺すことに何のためらいもない、です。ご主人様のご命令があれば、今すぐにでも殺しに行きます。」
『俺も、こいつのされてきたことを知ってるし、俺自身も恨みはいくらでもあるからな。協力するぜ、高砂。』
「……では、早速一戦交えますか。」
どうやら、ラブコメと恋愛小説の違いも分かって無いレベルには無知なようだ。ちゃんと事前に確認しておけばよかった……。
「あの、馬車?」
「ええ、あの色とりどりの幌から察するに、繊維業の馬車でしょう。あなたの服を手に入れるにしてもちょうどいい相手です。殺してきてください。」
と、命じられるや否や、少女は駆けだして獣道を踏破する。200mはあったはずの馬車との距離は一瞬にして0になり、商人は何を知覚する暇もなく、横から頭部を高速で殴られ、首を飛ばした。
「……素晴らしいですね。」
……本当にラブコメできるのかな……。
高砂は天を舞う。 鹿 @HerrHirsch
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