幕間ー王子の決断

その頃の王子はー…


ミアの動向を見張っていたエルンストから、急報が入った。

卒業パーティから、たった一日。

彼女は冒険者になると言って、ギルドへ行き、そのまま姿を消したという。

エルンストはいざという時に渡そうと思っていた金貨を、何とか彼女に渡せたらしいが、そう何ヶ月ももつ物ではない。

しかも、冒険者など、危険だらけの仕事だ。

私は、手をこまねいている事しか出来ないのか。


思えば彼女と出会ったのは、ある春の日(以下略)

別れの時は、記憶を失くしていたと言っていたが、確かに様子が変だった。

もしかして、脅されていたのか?

だが、彼女の言った事は理路整然としていて、誰も反論出来なかったのは事実だ。

実際に、もし行っていたとすれば、彼女の言うとおり廃嫡されて、城を追われていただろう。


でも、それこそが正しい道だとしたら?


私は王族だが、遊び暮らしていたわけではない。

確かにミアに惹かれて、息抜きはしたが、執務はきちんとこなしていた。

というより、彼女の励ましで頑張れていたところもあるのだ。

今は。

学園に居たときよりも執務に割く時間が増えた事で、順調に仕事はこなしている。

公爵令嬢は、婚約者として王子妃教育の傍ら、与えられた公務も執務も難なくこなしているという。

勿論、交流の為の二人だけのお茶の時間も設けられているが、関係は良好とはいえない。

呆れられているのは、分かっている。

それに、弟の第二王子のほうが私よりも優秀で、義姉となる彼女を慕って、婚約話はすすめていないという。


ああ、ここでは私は異物なのだ。


適度な能力しかない自分よりも、弟に譲った方が何もかも上手くいく。

逃げたいだけか?と自問自答してみるが、たとえミアの傍に行ったとして。

今よりも過酷な人生となるという事は確実だ。

だが、近くにミアが居てくれれば、また前のように未来を見つめていける。

今の私には、何もかもが味気ない。


美味な料理を食べても、ミアがきちんと食事を摂れているのか気にかかる。

執務をしていても、ミアがきちんと暮らしていけているのか、危険な目に遭っていないのか、心が乱される。

仕事を終えて眠りに就く時も、ミアがちゃんと雨露を凌げる場所で眠れているのか、心配になる。

もっと、頼ってくれれば良かったのに。

エルンストだけじゃなく、王族の自分だったらもっと金銭でも武器でも、出来うる限りの援助をしたのに。

彼女は何も告げないまま、忽然と姿を消してしまった。


このままでいいのか?

彼女がもし、この世界の何処かで苦しんでいたら。

手を差し伸べられる距離に居ない私には、何もしてやれない。

ここには、優秀な弟という、私の代わりになる人間がいる。

彼なら私の婚約者を愛し、この国を正しく導いていけるのに。

私という存在が邪魔をしている。

そしてミアには。

ミアには今誰もいない。

あれだけいたミアの周囲の男達は、誰もミアに相談など受けなかった。

誰もミアの今の居場所を知らない。

だったら、私がミアの傍に行かなくてどうする。


「ロデリック、話がある」

「突然、どうしました?兄上」

「お前に、アデリーヌ嬢とこの国を任せたい。任されてくれるな?」


弟は一瞬呆気に取られるが、瞬時に顔を引き締める。

怒りとは違う、本気を計るような顔だ。


「兄上、本気で仰っているのか?」

「ああ。お前の意思を確認した後、陛下にも伝えに行く。馬鹿な兄と笑ってくれ。だが、私には必要な事なんだ」


ロデリックは何かを考え込むような顔をして、頷く。


「ミーティシア嬢の件は聞いています。ポヌム男爵家を除籍され、この国からも出て行ったとか。兄上は後を追われるつもりなのですね?」

「ああ、その為には王族籍からも抜けようと思う」

「彼女と婚姻する為ですか?」


真剣に射抜くようなロデリックの目を受け止めて、私は首を横に振る。


「そうなれればいいが、彼女は記憶を失っているのだ。ただ、そんな彼女を放って、私だけのうのうと此処で暮らし続ける事が出来ない。愚かかもしれないが、ただ、守りたいだけなんだ」


「愚かですね」


溜息を吐くロデリックに、私は何も言葉を返せない。

そうだ、愚かなのは分かっている。

こんなに大言壮語を吐いたとしても、市井の暮らしが辛くて戻ってくるんじゃないか?と大抵の者は思うだろう。

だが、ふっとロデリックは笑った。


「でも、そういう愚かさは嫌いではありません。兄上、私がアデリーン嬢をお慕いしているのも分かっているんでしょう?私も兄上に似て愚かなので、兄上の甘言に惑わされたいと思います」

「ではー…」

「はい。共に陛下の元へ参りましょう」


父上は少し悩んだが、決断した。

三年間の期限を設け、それまでは王族籍から抜かないという事。

手紙で安否を知らせ、城へ戻った時点で臣籍降下か除籍を決める事となった。

例えば死んだ場合は、そのまま王族として葬られる事になる。

護衛をつけると言われたが、守りに行く自分が守られるのは本末転倒だと断ると、それだけで驚かれてしまう。

今までの自分がどれだけ甘やかされてきたのか、私も苦笑が漏れたほどだ。

エルンストの調査で、ギルド職員には断固として教えてもらえなかったが、その日出たギルドの馬車が隣国の遺跡のアルティアに向かった事は突き止めてある。

そこまで無事に辿り着けなければ意味が無い、と言われて、譲歩案として街までの護衛と馬車での移動を受け入れた。

その先は一切手助けはしない、援助も受けないと確約し、少なくとも三年は戻らない事を約束する。

公爵家からは、第二王子への婚約者変更と、第二王子立太子の件は快い返事を貰ったのである。

その返答を待って、私はミアの元へ向かう。


待っていてくれ、ミア。

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