アルトの短剣指南

「おい、大丈夫か!」

「怪我はないか」


周囲の人々が一瞬おいて、駆け寄って声をかけてくる。


「あ、……はい、何とか。力いっぱい打ったりしないとか言ってたのに、蹴りましたよあの人」

「……すまん。予想以上に素早く懐に入られたから、つい…」

「はあ?手加減するのに、余裕ぶっこいてるから、そんな事が起きるんでしょ?許しませんよ!」


ほっぺを膨らませる私に、もう一度男はすまん、と言ってしょんぼりとした。

文句は言ったが、確かに思い切り蹴られてはいないのだろう。

思い切りだったら、きっと吐いてた。

私は立ち上がって、足と尻についた土を払う。


「朝食が口から出そうになったので、食事奢ってくれたら許しますよ」

「……分かった!」


「え、それ逆にご褒美だろ……?」

「ずるい……!」

「蹴ったら、食事に誘われた件……」


いや、そうじゃねえから。

蹴られて嬉しい女はいないからな!?

私はやいのやいの言う外野に向かって言う。


「別に奢りだったら、食事くらい付き合いますけど、変な事は期待しないでくださいね。あと、蹴られたら普通怒るし、怖がるし、嫌いになって、二度と見たくなくなるので、お勧めはしませんよ」


「……すまん………」


周囲の人間に対して言ったのだが、男がずううん、と暗くなってしまった。

茶色の髪を短く刈り上げて、目は濃い青の中々の美丈夫だし、逞しい。


「そういえば、お名前聞いてませんでしたね。私はミアです」

「俺はノーツだ。ここで時々剣術指南をしている」


ほおん?

先生だったのか。


「じゃあギルド職員なんですか?」

「いや、冒険者だ。今は休暇中だが、身体を鈍らせたくないからな。用事がない限りは午前中だけ面倒を見ている。ギルドの仕事を請け負うと、ギルド宿舎に無料で泊まれるのも良い」


ふむふむ。

知らないシステムだ。


「でも、誰でもお仕事貰える訳じゃないですよね?」

「ああそうだ。Bランク以上で、ギルドの認可を得た冒険者しか許可されない」


まあ、そりゃそうだ。

Dランクとかに教えてもらってもな!


「お手合わせ有難うございました。勉強になりました」

「……す、……すまん……」


嫌味じゃないんだけど。

実際の戦闘だったら、そりゃ足も使うでしょうよ。

その心構えがあるって大事。


「いえ、嫌味じゃないですよ。足使ってくる敵だっているだろうし、知らなかったら対処出来なくて死んじゃいますからね。これからも色々教えてください」

「おい、ノーツ。人の教え子取るんじゃねーよ」


黒髪の身軽そうな痩身の青年が、いつの間にかノーツの後ろに立っていた。


「お前こそ気配を消すな。何があっても責任は持てんぞ」

「ほう?鈍感筋肉が俺様に気づけるってのか?」


二人はバチバチと睨みあっているけれど。

ああ、こういうの喜びそうな子、いたなあ。

ライバルっていうか、犬猿の仲っていうか、それなのに、お互いの事を良く知っていて…からの恋、みたいなやつ。

まあ、実際にこうして睨み合ってるの見てても、時間の無駄なんだけど。


「遅れてきた上に喧嘩とか、アルト先生は自由ですね」

「……生意気だな、お前」


ぎろり、とアルトは凄みのある緑の目で見てくる。

だって本当の事じゃない。


「黙ってたらずっと見詰め合ってそうだからですよ。私、午後から薬草摘みに行かなきゃだし、皆さんだって暇じゃないでしょう?それともまだノーツさんと見詰め合っていたいんですか?」


「変な事を言うな。気持ち悪ぃ」

「それはこっちの台詞だ。おい、始めるぞ」


ノーツはさっさと踵を返して、剣術を学びに訪れていた人々の群れに向かう。

私は目の前の人相の悪い男、アルトと向き合った。


「まず何から学びたい」

「最初は戦い方を教えてください。それから罠発見、罠解除、罠設置に鍵開け」


ふむ、とアルトは頷いた。


「少し見ていたが、剣が出来るようだな。だが、剣と短剣ダガーの間合いは違う。まずは基本の動作を覚えろ」

「はい」


そして、とっても地味な修行が始まった。

咄嗟に動けるように、身体に覚えさせるのだ。

これは、部屋の中でも出来るから、寝る前の運動にも良さそうである。

私は一連の動きを頭に叩き込んだ。

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