第4話 因縁

 空は雲が低く垂れ込めて、今にも泣きだしそうな空模様だった。

 田中勇二は、背は高く細身の体で眼鏡をかけ、ネクタイ、スーツ姿でIMファーマの入居しているビルの前で待っていた。

 田中は石山田と空木うつぎに目が合うと、一、二歩前へ出て小さく会釈し、「田中と申しますが、奥多摩署の方でしょうか」と尋ねた。

 空木は田中勇二を一目見て、この男は横山の同行者ではないと直感した。

 三人は近くのコーヒーショップで話をすることにした。店は比較的空いていて三人は奥の方のボックスに座ってアイスコーヒーを注文した。

 「田中さん早速ですが、四月二十日の土曜日に鷹ノ巣山の山頂で、亡くなった横山さんに会われたというのは間違いありませんか」石山田は、手帳をポケットから引っ張り出して訊いた。

「はい、間違いありません。私は東日原ひがしにっぱらから稲村岩コースを登って、十二時少し前に鷹ノ巣山の山頂に着きました。横山さんは私より少し早く着いていたようで、ザックを下ろして景色を眺めていました。私は最初、横山さんに似ている人がいるなと思っていましたが、横山さんも私を見て不思議そうな顔をしていましたから、それで私から「横山さんですか」って声を掛けたんです。お互いそれはびっくりですよ。こんなところで会うとは夢にも思っていませんからね。それで一緒に食事をすることになりました」

 田中の話を聞いた空木は、登山のコースタイムからもぴったりの時間で、田中の話は信用できると思った。

 三人は運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけた。

 空木は、自分は奥多摩署の刑事と一緒に来てはいるが刑事ではなく、横山忠の転落事故死の最初の発見者であること、前日の二十日土曜日に鷹ノ巣山の山頂で、横山さんとあなたが食事をしているところをたまたま見ていたことを話し、参考人として同席させてもらっていることを説明した。

 「横山さんと山頂で食事をしていたのは確かにあなたでした。それで横山さんとは山頂で別れたということですね」空木が確認の意味で訊いた。

「ええ、私は日帰りの予定でしたから、石尾根を下って奥多摩駅に下りましたが、横山さんは七ツ石に向かうと言っていました」

「その時、横山さんは小屋に泊まるのか、テント泊なのか言っていましたか」今度は石山田が訊いた。

「私が小屋に泊まるんですかって聞いたら、いや久し振りのテント泊だって言っていました。横山さんのザックにはテントは入っていないようだったので、誰かと一緒なんですかって聞いたら、そうだと言っていました」

田中はアイスコーヒーを口に運んだ。

 聞いていた石山田は、これで横山忠に同行者いたことは、間違いないと確信した。

 「我々は当初、横山さんは単独行で転落事故に遭ったと考えていましたが、いくつかの疑問点が出てきて同行者がいたのではないかと、今日まで調べてきました。今の田中さんのお話を聞いて、最低限転落事故が起こる日の朝までは、同行者がいたことは間違いないと言えます」

「私も、新聞を見て単独行での事故と書いてあったので、あれ、と思いましたが、テント泊の朝まで一緒であとは別行動をしたんだと理解していました」

 空木は田中の話を聞いて、田中が山頂で横山と会っていることを申し出る必要性を、感じていなかったことを納得した。

 「刑事さん、それにしても、横山さんとテント泊をした人が分からないというのは不思議ですね。朝、横山さんと別れて、その横山さんが事故で亡くなったと知ったら、奥さまとかご家族には連絡しそうな気がしますが‥‥」

 石山田も空木も、言わずもなが、田中の思いに全く同感だった。但し、偽名を使っている人間が横山と同泊していたとしたら、名乗り出てこないのは当然のことだとも、思っていた。

 「田中さん、横山さんとの会話の中で誰とテント泊をするのか、田中さんが思い当たるような人は浮かびませんでしたか」石山田が訊いた。

「思い当たる人ですか。思い当たった訳ではないのですが、私が横山さんに、私の知っている人じゃありませんよねって聞くと、知らない人だって言った後、入れ替わりだったからなって言っていました。私には誰のことなのか全く分かりませんでした」

「入れ替わりですか」石山田はメモを取りながら首を捻った。

 空木は、石山田に自分も聞いていいか断って田中に質問した。

 「田中さんは派遣のMRさんと聞いていますが、マルス製薬の名古屋支店でMRをされていたのはいつからいつまでですか」

「マルスには三年前の四月から二年契約でしたからちょうど二年間勤務しました。その後、去年の四月から今のIMファーマに派遣されています」

「派遣のMRさんというのは、派遣先の会社で仕事をして、その会社に正社員として入社を希望すれば入社できるのではありませんか。‥‥失礼ですけどマルス製薬から田中さんにはお声は掛からなかったのですか」

 空木の質問に、田中は「おや」というような不思議そうな顔をした。

 「空木さんは製薬会社のことをよくご存じですね。そうなんです、私も契約終了前にマルス製薬の所長から声を掛けていただきましたがお断りしました」

「そうだったんですか。もし差し障りがなかったら田中さんが断った理由わけを話していただけませんか」

 空木の言葉に田中は、躊躇したのか、少し間を置いて、

 「‥‥もう関係はありませんから話してもいいでしょう。それは名古屋の支店長が嫌いだったというのが理由です。陰険というか、支店の雰囲気も良くなかったですし、社員の評判も良くない人でした。どうしてあんな人間が支店長になるのか、マルス製薬という会社が信じられなかったということになりますね。横山さんも、あの支店長のことは嫌っていたと思いますよ。それが東京でまた一緒になるとは、横山さんも嫌だったと思います」

 空木は田中の話を聞くうちに、万永製薬での嫌な思い出がよみがえった。

 「東京で一緒になったという事はどういう事ですか」

「今のマルス製薬の東京支店長ですよ。横山さんの後を追うように、去年の四月に名古屋から東京の支店長に栄転したそうですよ。信じられない人事がマルスではあるんですね」

 空木は派遣で二年間在籍していただけの田中に、ここまで言わせるマルス製薬とはどういう社風なのか興味が湧いた。

 時計が午後三時を回っていた。

 石山田と空木は田中に礼を言って三鷹駅に向かった。

 空木は歩きながら考えた。田中の言っていた「入れ替わり」の意味とは。MRが退職するか、異動するかしたあとの後任という意味ではないだろうか。それも田中が、直接の後任であれば常識的には引き継ぎで名前はお互いに認識するはずだが、知らないということは、田中が派遣される半年前か一年前まで名古屋にいたMRなのではないかと。

 石山田も考えていた。横山は間違いなく七ツ石にテント泊をした。そして横山は単独ではなく、誰かと一緒にテント泊をしたのは確実となった。転落事故当日の朝まで一緒にいて、転落事故現場では一緒ではなかったとしたら、名乗って出てきてもいいはずだ。名乗って出てこないのではなく、名乗り出られないのだ。つまり偽名で申し込みをした人間が、横山の同泊者の可能性が高い。そして名乗り出られないことを横山にした。何とかしてテント同泊者を探し出さなくてはならない。


 事務所に戻った空木は、マルス製薬の社風もさることながら、名古屋支店にいたMRについての情報を集めることが出来ないか考えていた。ただ、空木にマルス製薬への直接の人脈はない。まず横山晴美から聞いてみる必要がある。

 空木は横山晴美の携帯に連絡し、横山忠の名古屋支店当時の話を聞きたい旨を伝え、以前会って話したコーヒーショップで明日会う約束を取り付けた。

 そして空木は次に、万永製薬時代の入社同期の村西良太に連絡を入れ、近日中に会う約束をした。村西良太に連絡をいれたのは、村西は帝都薬科大学の卒業で製薬会社に知り合いが多く、彼ならその人脈に期待が持てると考えたからだった。

 さらに空木は、札幌にいる万永製薬の後輩の土手登志男どてとしおと連絡を取った。土手は空木の山仲間の一人で、名古屋支店の岐阜営業所でMRをしていたが、今は北海道で所長として、札幌に単身赴任している男だ。多趣味の土手ならマルス製薬のMRの誰かに、今でもつながりがあるのではないかと考えた。土手の携帯に電話したが留守電になった。留守電に連絡が欲しい旨を伝言した。

 土手から連絡が入ったのは、所長となり多忙なのだろう夜の七時を過ぎて、空木が自宅のマンションで、貝柱の水煮の缶詰と、赤ウィンナーのソテーをつまみに、黒霧島の水割りを飲んでいる時だった。

 空木は土手に、ある仕事の依頼から、マルス製薬の名古屋支店で三年半前から四年前ぐらいに、転勤もしくは退職したMRを探しているが、土手の知り合いにそういったことを聞けるマルス製薬の人間はいないかを尋ねた。

 土手は「空木さん仕事が入ったんですか、良かったですね。それじゃあ協力しない訳にはいかないですね」と言いながら電話の向こうで、考えているようだった。

 「‥‥‥マルスですか。マルスでしたら一人いますよ。マラソン仲間で一緒に大会に出たこともある奴でしてね。あいつは山も時々登っているはずです。ただ、あいつも岐阜営業所でしたから名古屋支店の何年も前の人事のことを知っているかどうか‥‥‥、それでも良かったら」

「その人と連絡は取れるのか」

「連絡はいつでも取れますよ。今からでも大丈夫だと思いますけど、連絡してどうしますか空木さん」

 空木は一瞬躊躇ちゅうちょしたが、

「岐阜営業所も名古屋支店の組織の中の営業所のはずだし、四年前にも岐阜にいたんだったら、会って話を訊きたいと思う。その人の都合の良い日に岐阜へ行くから、会う段取りを組んでくれないか」

 空木は会うべきだと判断、即座に岐阜まで行くことを決めた。

 「空木さんが会いに行くんですか。そんな大きな仕事なんですか。‥‥分かりました。空木さんのためなら何とか段取りをつけましょう。また後で、いや明日になるかも知れませんが、連絡します」

 土手との電話を終えた空木は、名古屋支店当時のことを思い出していた。

 鈴鹿の山々を春夏秋冬、季節毎に歩いたこと。支店の山好きたちと後立山うしろたてやま連峰を白馬岳から不帰かえらずの嶮を超え五竜、鹿島槍、爺が岳まで三泊四日で縦走したこと。楽しい思い出だ。同じ時期に、マルス製薬の名古屋支店のMRたちは、どんな思いでいたのだろうか。楽しんでいたのだろうか。土手の知り合いに会って聞いてみたいと改めて思った。

 土手登志男から再び連絡が入ったのは翌日の午前九時を過ぎていた。空木がトレーニングジムに行く準備をしている時だった。

 「空木さんやっと連絡が取れました。会ってもいいそうです。ただ、空木さんの名前と私の会社の先輩ということは伝えましたが、何故空木さんが会って話を聞きたいのか、その内容は伝えていませんから、空木さんから直接電話してくれませんか。僕ではうまく言えないと思って、そう言ってありますからお願いします」

 空木は土手に礼を言い、土手の知り合いの名前と携帯電話の番号を聞き、また改めて礼をすると言った。

 土手は、「いや、礼はいいですから北海道の山を一緒に登りに来てください。一緒に登りましょう」

 空木はいい後輩を持ったと思いながら電話を切った。

 空木は土手から教えられた電話番号を押した。コールが鳴るのと同時位に電話に出た。

 「はい寺山です」と甲高い声がした。

 空木は自己紹介した後、自分は土手の知り合いで、調査の仕事をしている関係で、数年前のマルス製薬の名古屋支店のことで話を聞きたいと伝えた。

 寺山は、電話の向こうで何かいぶかっているように、一瞬の間が空いた。空木は、

「依頼人の関係上、細かい話は電話ではできませんが、人の素行を調べるような話ではないので安心してください」と続けた。

 寺山は了解してくれ、今度の土曜日の午前中なら時間が取れると言い、名鉄岐阜駅近くのホテルのロビーで、空木の登山姿を目印に十時に待ち合わせた。


 祖師ヶ谷大蔵駅近くのコーヒーショップでの午後二時の待ち合わせに、空木が店に入ったのは二時十分前だったが、すでに横山晴美は店の奥のテーブル席に座っていた。ピンクのワンピース姿の晴美は、空木に軽く手を挙げて、ここにいる、というように合図した。

 「先日はありがとうございました」晴美は鷹ノ巣山への案内の礼を言った。

「かなりきつい登山でしたが、足や腰は大丈夫でしたか」空木が聞いた。

「あの日の夜は、疲れてバタンキューでした。ぐっすり寝ましたが、次の日は足の太もも、ふくらはぎが痛くて、ロボットのような歩き方になっていたと思います。普段の運動不足がしっかり出ました。それで今日は主人の名古屋支店当時のことを聞きたいと仰っていましたが、どんなことをお聞きになりたいのでしょう。主人は仕事の話はあまり私には話しませんでしたから、空木さんのお役に立てるのかどうか分かりません」晴美はそう言ってアイスティーを手にした。

 「実は、ご主人と鷹ノ巣山の山頂で一緒に食事をした人物が判りました」と空木は前置きして、その人物は、田中勇二という男で、ご主人とは名古屋支店で一年間一緒だったこと、ただし、その日、田中勇二は日帰り登山で、ご主人とはテント泊はしていないことを晴美に話し、今日の面会の目的を続けて話した。

「その田中勇二という人と、ご主人との会話の中で、ご主人とテントで同泊した人物は、名古屋支店に数年前、具体的には三年半前から四年前までいた人物ではないかと、私には思えるところがありました。それで奥様にその時期に辞めたとか、転勤した人物に心当たりがないか聞きたかったのです」

「‥‥‥さっきもお話ししたように、主人は仕事の話はほとんど私にはしませんでしたから、私には心当たりは全くありません。申し訳ありません」

「奥さんが謝るような話ではありませんから、気にしないでください」空木はそう言ってアイスコーヒーを口に運び、

「奥さんが名古屋支店当時に、ご主人との話で記憶していることがあれば、何でもいいので話していだだけませんか」と続けた。

 晴美は、「私が記憶していることですか‥‥」としばらく考えていたが、「‥‥‥同期の寺山さんという方とよく一緒に山に行っていたこと‥‥。それから主人は中京第一営業所というところに所属していたのですが、その所長が名古屋の支店長になった時、この会社どうなっているのかなって言っていたことが記憶に残っています。すみません、それ位しか覚えていません」と話した。

「寺山さんですか。その方はもしかしたら岐阜にいらっしゃる方ではありませんか」

空木は、今朝電話で挨拶を交わし、面会することとなった寺山と同じ姓を聞いて、思わず晴美に聞いた。「ええ、そうですけど、空木さんご存じなんですか、寺山さんを」晴美も驚いた。

 空木は、寺山を知ることになった経緯いきさつを晴美に説明し、今週の土曜日に寺山と会う約束になっていることも話した。

 「寺山さんと主人は、同期でしかも趣味が同じ山で、親友だったと思います。寺山さんと山に一緒に行く時だけは、寺山と行くと言って名前を口にしていました。主人が亡くなったことを知って、寺山さんからは葬式に出られないということで弔電をいただきました。私、寺山さんのご自宅の電話番号もわかりますから、私からも寺山さんに協力してくれるように頼んでおきます。でも空木さん、岐阜まで行って調べようとして下さっているとは知りませんでした。本当にありがとうございます」晴美は頭を下げた。

 空木は、頭を掻きながら、

「いや、奥さんから依頼された仕事がしっかり終えることができたら、申し訳ないですが実費として請求させていただきますから、そこは承知していただければありがたいです」と言うと、「しっかり請求してくださいね」と晴美が返した。

 「ところで奥さん、その所長から支店長になったという方は、今のマルス製薬の東京支店長ですか」

空木は昨日、田中勇二が言っていた支店長のことか、と思いながら訊いた。

「そうみたいです。去年の四月に東京に転勤して来たみたいで、そう言えばその時も主人が、また嫌な奴が来たと言っていたのを覚えています。でも空木さんそんなことまで調べているんですね」

「いや、まだまだです。これからも、奥さんに直接お話しすべきことも出て来ると思いますが、簡単な報告や、やり取りはパソコンのメールでやりとりした方が良いかなと思っていますが、いかがでしょう。奥さんは、パソコンはお使いになっていますか」

「はい、勤めていた時ほどではありませんが、結婚してからも主人と共有で使っていましたから大丈夫です。そうしましょう」

 二人はメールアドレスを確認し合いコーヒーショップを出た。

 晴美との面会を終えた空木の携帯に、昨日連絡を取った村西良太から電話が入った。明日の夜新宿で会うことになった。


 田中勇二からの聞き取りを終えた石山田が、奥多摩署に戻ったのは夜の七時近かった。

 石山田は、上司である地域課長の岡田に、田中勇二からの聞き取りで得た心証、つまり田中勇二は本当に偶然、横山と鷹ノ巣山の山頂でばったり出会ったもので、テントの同泊者、同行者ではないことを話した。しかしながら、横山忠は間違いなく誰かとテント泊をしていることを、加えて報告した。

 飯坂を交えた三人の協議は、現状では横山の転落死は依然として事故扱いだが、テント同泊者がいたことが確実である以上、横山忠は偽名でテント泊をした人間と同泊したと考えられる。つまり事件性が全く無いとは言えない。従って、同泊者の洗い出しを当初の予定通り、今月の二十日までは続けるというものだった。今後は、横山忠も入っていたと思われるMRの山クラブのメンバーを中心に、葬儀の芳名簿を参考に面会し、同泊者の心当たりがないか、聞き取ることを捜査の中心にすることとし、明日から石山田と飯坂の二人で聞き取りに回ることとした。


 夜七時、待ち合わせた新宿の料理屋に空木が入ると、村西良太はカウンター席で待っていた。昔から二人はこの店でよく飲んでいたが、店も数年前に改装し、小奇麗な料理屋に変貌していた。

 空木が村西と飲むのは久し振りだった。

 「久し振りだな、元気にしてたか」空木は村西に声を掛けた。

 村西良太は空木とは万永製薬の同期入社だが、一浪しているため年齢は、空木より一つ上だ。入社以来、馬が合うのか仲が良かった。空木が二年前、万永製薬を辞めると言った時は、最も引き留めたのはこの村西だった。

 「おお、元気やで」奈良生まれの村西は関西弁で答えた。というより関西弁しか話せない男だった。

 二人は、ビールで乾杯し、芋焼酎の四合瓶のボトルを水割りセットで注文し、これを空けたらお開きにしようと決めて飲み始めた。

 「空木、酔っ払う前に、俺に何か聞きたいことがあるんと違うんか」村西は出てきたカツオのたたきをつまみながら言った。

 空木は、鷹ノ巣山での出来事から一連の状況を搔い摘んで村西に説明し、マルス製薬の名古屋か、若しくは東京に知り合いがいないかを聞いた。

 「名古屋にはおらんけど、東京には居とるぞ」と、村西は眼鏡をかけ直した。

「そうか、その知り合いにマルス製薬の東京支店長の評判とか、どんな人間なのかを聞き出してくれるとありがたいんだが‥‥」と、空木もカツオのたたきを摘まんだ。

「聞かれへんこともないと思うけど、それを聞き出したら、お前の仕事の役に立つんか?」

 村西は焼酎のボトルを取って二人の水割りを作り始めた。

 「‥‥俺の仕事の役に立つとは言えないが、死んだ横山という男と名古屋からの繋がりがある人間である上に、当時部下からはかなり嫌われていて、そういう人間が大市場の東京の支店長にまでなるというマルス製薬の社風を知りたくなっただけだから、無理して聞いてくれなくてもいいよ」

「部下から嫌われてる管理職が出世して行く。良くある話やな。まあ面白そうな話でもあるし、近日中に聞いとくわ」そう言うと村西は、スマホを取り出した。

「‥‥あいつの電話番号、登録してあるかな‥‥」とつぶやきながら、「お、あった、森川朋彦」と大きな声で独り言を言った。

 それを聞いた空木は「森川朋彦?」と小さく言った。

 「なんや空木、知っとんのか。俺の大学時代の遊び仲間なんやけどな」

 空木は森川朋彦の名前を知ることになった事情を説明し、刑事の振りをしていた状況から自分のことは話さないように頼んだ。

 人と人との繋がり、因縁というものはいつ、どこで繋がるか全く不思議だと空木は思いながら、平寿司で常連客の金澤が言っていた「人はどこで繋がっているかわからない」という言葉を思い出した。

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