ジョセフィーヌ妃殿下の婿選び~三つの条件

有間ジロ―

第1話 婿の募集と三つの条件


 褐色の肌に紅い髪。エキゾチックな容貌だが穏やかな顔立ち。青年は跪いて緊張の面持ちで王女に手を差し出した。


‟ジョセフィーヌ様。ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください”


 その言葉にジョセフィーヌは感激の涙をこぼして頷く。


‟ありがとう。はい、ナイジェル。わたくしはあなたと結婚します”


 彼女がその手を取ろうとした時


‟お待ちください!”


‟納得できない!”


 複数の求婚者から抗議の声が上がった。当然だろう。なぜならナイジェルは三つ目の条件である贈り物を何も差し出していないのだから。



 ~~~



 ある王国でおふれがでた。この国の第二王女ジョセフィーヌの結婚相手を募集するというものだ。

 両陛下(両親)と王太子(兄)そして第一王女(姉)に溺愛されている二番目のお姫様の結婚相手募集。三つの条件を満たしたものにお姫様が嫁ぐというのだ。身分、職業、国籍は問わないという。

 輝く銀の糸のような流れる髪に明るいサファイアの瞳。滑らかな肌に艶やかな唇。凛とした姿は白百合に例えられる。騎士団に属し女性騎士としても十分に力があるおてんば姫だが素直で朗らかで王宮の皆に好かれている。今年十九歳の誕生日を迎えてからふとしたそぶりにほのかな色香が纏うようになった。十六歳になった頃から結婚の申し込みが殺到したが、小さいころ体が弱かった姫を掌中の珠のように大切にしてきた国王一家はなかなか話を進めようとはしなかった。しかし姫ももう十九歳。あまりの求婚の多さにこのままではさすがにまずいという事でお姫様の結婚相手を決めることにした。


 アンリ王太子は二十九歳。西の王国から嫁いできた王女と仲睦まじく既に二人の王子と一人の姫を設けている。第一王女カタリーヌは宰相の嫡男である次期公爵との婚姻が決まっている。妹姫が白百合ならば姉姫は大輪のバラのようだと言われている。


‟そもそもわしは姫を嫁になどやりたくないのだ”


 もう何度目かのため息をつきながら国王は言った。


‟陛下のお気持ちはもう五十八回も伺いました。でもさすがこのままではいかず後家と笑われてしまいますわ”


‟なんだと?そんなことを言う愚か者がいるのか?不敬罪で捕らえて…”


‟陛下、ただの例えですわ。お馬鹿なことをおっしゃってないで落ち着きなさいませ”


‟母上、ジョセフィーヌを行かず後家という前にカトリーヌの方が、痛い!”


 余計な一言を言ったアンリはそのカトリーヌに扇子で頭をペシンと叩かれた。


‟失礼ね、お兄様。わたくしは嫁ぎ先は決まってるのはご存じでしょう?私の都合であちらに待っていただいているのです”


 彼女は正しい。才女のカトリーヌは王女の身でありながら隣国に留学しており今回は愛する妹の結婚問題についての家族会議にわざわざ帰国したのだ。婚約者である宰相の嫡男フィリップはカトリーヌの才を愛し留学が終わるまで結婚を待っているのである。

 そんな二人を見ながら王妃はやれやれと口元を扇子で隠して呆れたようにため息をついた。

と、こんな会話が家族の間でなされたのだが。


 ジョセフィーヌの幸せを一番に考える点は家族全員意見が一致したが肝心の結婚に本人は乗り気ではない様子。


‟お父様、私はお嫁になど行きたくありません。いつまでもお父様のお側においてください”


 両手を胸の前に組んで椅子に腰かける王の足元に跪き、目をウルウルさせて上目遣いで見上げるとそれだけでデレる父王。


‟そうよのう。今すぐ無理に結婚などしなくとも…”


‟父上!そんなにあっさり騙されないでください。それがジョゼフィーヌの手です!”


 すかさず兄のアンリ王太子が王を正気に戻す。


‟お、あ、そうか…うむ。コホン、姫よ、お前ももう十九。婿探しは必要だ”


 ハッと我に返った王は顔を引き締める。


‟ちっ”


 横を向いて聞こえないように舌打ちをすると、後ろ頭を兄にペシンと叩かれた。それを見てカトリーヌはため息をついた。彼女にはなぜジョセフィーヌが結婚を拒むのかわかっていたからだ。そしてそれを言えない理由も。だから提案する。


‟それでは条件を付けることにいたしませんか?”


‟条件?”


‟幸い我が国は国内も安定しており近隣の国々とも友好関係を保っております。だからジョセフィーヌが政略結婚をする必要はありません。でもこれだけあちこちから結婚の申し出が来ているのにその全てを理由なく断るのも角が立ちましょう。ですからこちらから条件を出してその条件に見合う殿方を選べば他の求婚者も納得されるのではないでしょうか”



 ~~~



 そして姫の結婚相手を募集するというおふれが出され、王宮で開かれる夜会でその条件が発表されることになった。驚いたことにその条件に当てはまるのであれば国籍、職業、身分は問わないという事で国中大騒ぎだ。


 かねてから結婚の申し込みをしていた近隣諸国の王侯貴族、国内の有力貴族たちのみならず成り上がりの武将や裕福な商人達も勢い参戦する意気込みを見せた。






‟第一の条件はを持つ者であること。知力、武力、財力あるいは権力。何らかの力を持ち万が一私の大事な姫の命が脅かされたときに守ることが出来る者でなくてはいけません”


 ジョセフィーヌによく似た銀髪を高々と結い上げた美しい王妃が張りのある声で宣言した。その場にいる者達は皆頷く。王国の夜会に招かれる程のものであればこの場にいる多くの者はこの条件をクリアできると考えたのだろう。


 次に王太子が立ち上がった。


‟第二の条件は並々ならぬ勇気を持つ者。力があってもそれを使うには勇気が必要となる。自らを危険にさらしても私のかわいい妹のため、あるいは己の信念のために奮い立つことが出来る者でなければならない”


 次期国王となる王太子は父親譲りの漆黒の髪に鋭い光を放つ瞳で夜会に参加した人々を見据えた。支配者に生まれその資質を充分以上に持ち合わせた王太子の言葉に皆身が引き締まる思いがした。そしてこの美姫を手に入れられるならば勇気などいくらでも出る、と誰もが興奮し顔を紅潮させる。


 この二つまでなら不可能ではない。皆そう思った。


 最後に第一王女カトリーヌが立ち上がった。


‟第三の条件は私の愛する妹姫の望んでいるものを差し出せるお方です”


 国王と妃の容貌を半分ずつ受け継いだ艶やかな黒髪に紺碧の瞳の美しい王女の言葉に皆首をかしげ騒めきが広がった。

 王女はにっこり微笑んで続ける。


‟皆様にこれ以上は申し上げられません。ですが第一、第二の条件を満たした殿方十名程に姫と共に過ごす機会を差し上げましょう。その上で姫がどのようなものを望んでいるか考えてください”


 おお!と歓声が上がった。一時とはいえ姫と共に過ごす時間が持てるなどなかなかあることではない。


 その時声を上げる者がいた。


‟発言をお許しいただきたい”


‟ロドリゲス王太子殿下、何でございましょう”


 端正な顔立ちの隣国の王太子は丁寧に礼をした後第一王女に問いかけた。


‟もし誰も姫の一番望むものを差し出すことが出来なかった時はいかが為される?”


 カトリーヌは少し眉を下げて妹姫に視線を向けた。ジョセフィーヌは瞳を揺るがせた後、ほっと息を吐いた。そして覚悟を決めたように顔を上げはっきりと答えた。


‟その時は、私に一番の誠意を見せてくれた方のもとに嫁ぎます”



 

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