第3話 私を笑わせてくれるのは彼だけ。
約5年ぶりに幼馴染と話した。
話したと言っていいのか分からないけど……言葉は交わした。
カバンに私のノートを入れる幼馴染――白崎を尻目に見やる。
正直、私は落胆した。
声変わりもしていて、元気だったあの時が嘘かのように落ち着いていて、大人になったんだなと思った。
けど、なに?あの返事はなに?
小学生の頃は誰それ構わず話せていたのに、今ではコミュ障に成り下がったの?
分かるよ?小さい頃あんな別れ方をしたのだから気まずいことぐらい。
でも流石にないでしょ『え、あ……おう……』って。
私が勇気を振り絞って話しかけたのに、なんであんな言葉を返すのよ。
カバンを肩に下げ、椅子を机に入れた白崎は教室を後にする。
そんな後ろ姿に、私は小さくため息をついた。
「あんなこと言わなきゃよかった……」
不意に溢れる後悔が胸いっぱいに広がるが、慌てて頭を振り、過去の黒歴史を吹き飛ばすように立ち上がってカバンを手に持つ。
そして1人で廊下に出た。
割とすぐ出たはずなのに、どこを見渡しても白崎の姿はなく、賑やかな生徒たちの声だけが私の耳には届く。
あのときのように『花音!』と元気な声を聞かせてくれる人もいないし、もちろん私を楽しませてくれる人も居ない。
下駄箱を開き、ローファーを手に取る私の口からは自然とため息が出てしまった。
小さい頃、私の身体は弱かった。
立つこともままならなく、ほとんど病室で寝たきり。
それでも、お母さんとお父さんは『治るからね』と毎日のように笑顔で言葉をかけてくれた。
頬を撫でて、頭を撫でて。
でも、忽然として笑顔がなくなってしまった。
笑顔だった顔には雨が降ったかのように曇ってしまい、けれど、泣きながらでも『治るからね』と毎日来てくれた。
まるでいつ亡くなってもいいように。
そんな姿を見れば誰だって気づく。
幼かった私ですら『あ、もう長くないんだ』と悟ったほどに。
日に日に会う度にお母さんたちの表情は曇り、たまに見せる空笑いが痛かった。
自分はどんな顔をして親と接すればいいのか、どんな言葉をかけてあげればいいのかが分からなかった。
でも、そんな中、彼だけは心からの笑みで私に接してくれた。
多分私の病状を知らなかっただけだと思うけど、それがたまらなく嬉しかった。
もうお母さんたちに見せれなかった笑顔が自然と現れ、迷っていた言葉がスルスルと口から出てくる。
彼と居るときはただ純粋に楽しく、色々なことをやってくれるのが堪らなくかっこよかった。
『次はなにを見せてくれるんだろう』『今日のかっこよかったな』なんて、自分の病状のことなんて忘れて一心に彼のことを考えていた。
けど、1年経った頃だった。
私の頭には自己中な考えが出てきてしまったのだ。
彼は多分、私のことを楽しませるために色々なことを練習して、色々なことを見せに来ていた。
スポーツから楽器、チェスやあやとりまで。
本当に何でもやり遂げていた。
やり遂げてしまっていた。
『もう来ないで!自慢するのやめて!』
『もう二度と私の前に現れないで!』
そう言ってしまったのは突然のこと。
元気な声が病室に響いて、ジッパーの開く音がした。
私はそんな元気な声も出せないのに。私はそんな重いものを持てないのに。
今思えばただの妬みだった。嫉みだった。僻みだった。
ハッとして口を閉ざそうとしたときにはもう遅かった。
目に見て分かるぐらいに表情を歪める白崎は、言っちゃいけない一言を口にしてしまった。
私があんなことを言わなければ、白崎はあんな言葉を口にしなかった。
あんなことを言わなければ、今でも話せていた。
奇跡的に病気が治った今となれば後悔が募るばかり。
麻酔が切れ、目を覚ましたときはお母さんもお父さんも泣いて喜んでくれた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもお世話をしてくれていた看護師さんまでもが私の周りを囲んで喜んでくれた。
もちろん、幼馴染の母親と父親も来てくれた。
……でも、1番見たかった彼だけは私の前に現れることはなかった。
やっと喋れるようになった口でおばさんに聞いてみれば、首を振りながら『頑なに来ないというのよ』と口にする。
それで私は確信した。
あ、嫌われたんだなって。
それからは話しかけるのも気まずくて、極力出会わないことを心がけて過ごしていたら本当に会わなくなって。
同じ中学校に居るはずなのに、一度たりとも出くわすことはなかった。
「いま顔を見てもなぁ……」
家の隣にある一軒家を眺めながら言葉を零し、憂鬱になる気分とともに扉を開いて靴を脱ぐ。
会うならもっと早くにしてほしかった。
まさか入学した高校が同じで、これまで一緒になることがなかったクラスが一緒で、夏休みが明けてみれば席が隣。
誰かが仕組んでいるようにしか見えない私の人生はどうなってしまうのだろうか。
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