上月祈 かみづきいのり

「翼が生えたら何がしたい?」

 夕方のファミレスで彼女にそんな問いを投げかけられた僕は返答にきゅうしてしまった。

 今の時代、空を飛ぶ夢は飛行機が叶えてしまったからだ。

 空よりもはるか上に宇宙ステーションが浮かんでいて、そこで生活している人がいるような時代に自分の翼なんて不要だ。

 高校生にもなって、何故そんな空想をするのか分からない。僕も同学年の高校生だが、空想からは卒業した。

「分からない。でも空を飛ぶのって、かなり疲れそうだね」

 茶を濁した僕。アイスコーヒーを飲み終えたグラスの氷をストローでくるくると回す彼女。

「しんどいかもね。それで、やりたいことはないの? 例えばアメリカまで飛んでいくとかさ」

「何でアメリカなの?」

 冗談と思いつつ、太平洋を飛んでアメリカへ渡る自分を想像してみた。

 でも、途中で台風に巻き込まれるイメージや、へとへとになって海に墜落してしまうイメージしか浮かばなかった。

「僕は飛行機でアメリカまで行くだろうな。不法入国で捕まりたくはないし」

 僕は彼女に同じ質問を返してみた。翼が生えたら彼女はどうするのか。

 彼女は真面目な顔で、

「天国に飛ぶ」

 と言ったので肝を潰した僕は言葉が続かなかった。

 彼女は慌てて弁解を加えた。

「別に死にたいわけじゃないよ。神様に文句を言ってあるものと交換してもらうだけ。まだ死にたくない」

 僕はほっと息をついたが、彼女の欲しいものとは何だろうか。

 疑問を単刀直入にぶつけてみると彼女は誇らしげに答えた。

「世界で一番速い足」

 彼女はさらに続けた。

「空を飛ぶのもいいけれど、私は天使じゃない。人間なのよ。人間らしく生きたいから、翼は要らない。だから、私は世界一速い足が欲しいの」

「へぇ、でもなんで世界で一番速い足なの?」

 彼女は質問にこう答えた。

「誰にも捕まえることができないから。私はチーターみたいに追いかけるけど」

 地球を思うがままに踏みしめたいのかもしれない。なので僕は冗談めかしてみた。

「じゃあ、そのときは鬼ごっこをしよう。世界一の走りを見せてくれ」

 もちろん、僕が追いかけるつもりだ。トムソンガゼルにはなりたくない。

 彼女は僕をじっと見た。じっと。

「ありがとう、笑わないでくれて」

 にこりと笑うと、彼女は空のグラスを手に取って、ドリンクコーナーへ向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

上月祈 かみづきいのり @Arikimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ