#14

 話がこんがらがっているので整理をしよう。

「つちのこ」事件の犯人である伊吹は、「猥褻ライブ」事件の犯人である無一に告白することを目的としてこの事件を起こした。加えて、伊吹は「公開懺悔室」事件と無能会談の元凶である木之実千秋と古い知り合いであるという。一見独立したものに見えた三大阿呆事件は、伊吹を中心として繋がっていたということである。

 しかしボクは、これだけでは無いような気がした。ここまででも十分に出来過ぎた話であるけれど、ここまでくるともう、逆に全てが繋がっていないと不自然に思える。

 つまるところ、木之実千秋と仇名無一の関連性である。

 解けていない謎が二つある。無一が出逢ったという美しき全裸の乙女の正体。そして、無能会談にて展示された千秋の絵に描かれた無数の生傷。ここに何かしらの関連性を見い出さんとするのは、ここまでの流れを汲めば当然であるような気がする。

 賢い読者諸氏ならば、もしかするとおおよその想像が付いたかもしれぬが、暫しのお付き合いを願いたい。

 無一と伊吹は向かい合って座った。おさらいになるけれど、二人は同じ軽音サークルに所属していて、伊吹が無一に好意を寄せているという状態である。どうしてこのド変態を好きになってしまったのかは甚だ疑問であるけれど、そこに口を挟むのは野暮というものであろう。

 無言の時間が流れる。見ているこちらまでむず痒くなってくる。その静寂は、突然に破られた。無一が男らしく「伊吹ちゃん」と呼んだ。彼女は「ひゃい!?」と顔を赤くしながら答える。「僕を好きだというのは本当?」と無一が訊ねると、伊吹はこくっと重く重く頷いた。

 無一お前、そんな誠実そうな喋り方をするな。てめえは女を取っ替え引っ替えする、紳士の風上にも置けぬ下衆の極みであろうが。

「気持ちはすごく嬉しいけれど、伊吹ちゃんとは付き合えない」

 この言葉が伊吹にとって、どれだけ衝撃的なものであったか。「で、ですよね」と彼女は笑って見せるけれど、明らかに顔が引き攣っている。「理由を、聞いても、いい、ですか」と絞り出すように言う彼女は、明らかに泣いていた。

「僕には好きな人がいるんだ」

 絵に描いたような失恋場面である。恋愛小説ならばきっと、ヒロインの一人称視点で「そう言う彼は、私の見たことの無い種類の笑顔を浮かべていた」とか叙述するのであろう。悲しい。「それはどんな人、ですか?」と訊ねる伊吹。

「……言わなきゃダメか」と渋る無一に、伊吹は「はい」と力強く言った。

「彼女は綺麗で――」「はい」「美しくて――」「はい」「大学のキャンパスを夜な夜な全裸で徘徊するような人だ」「……はい?」

 唖然とする伊吹。無理も無い。何度聞いても馬鹿げている。無一は続けて、彼女と出逢った経緯を語った。

「待ってください、私は露出魔に負けたんですか?」

 そういうことになる。そういうことになってしまうから、無一は何も言わなかった。伊吹は「そ、そんな……。こ、こうなればいっそ、私も脱いでしまえば……」と怖いことを言っている。止めて欲しい、これ以上阿呆を産生してはならぬ。

 伊吹の感情を完全に推し量ることは出来なかった。悔しさもあり、悲しさもあり、馬鹿馬鹿しさもあり、喪失感もあり、虚無感もあり――あらゆる感情が複雑に交錯していたのだと思うけれど、その全てを完璧に把握することは本人とて不可能であったのだろう。膨大なる感情群に蝕まれると、人は笑うらしい。「あはは」と涙ながらに彼女は笑った。

「露出魔、ですか。そういえば私の友達にもそういう人がいます」

 彼女は千秋を見た。千秋はびくっと肩を震わせた。

「そうだよね、千秋ちゃん」

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