#11
あれだけ構内を騒がせていた三大阿呆事件の内の二つが、一瞬の内に解決した。
千秋を本部へと連行すると、金髪ギターの男が部長から事情聴取を受けている真っ最中であった。部長に事情を話すと、千秋も金髪ギターの男に並んで座らされ、がみがみと説教を捲し立てられた後、洗いざらい吐かされていた。
ボクはそれを苦いブラックコーヒーをすすりながら観賞していた。人の不幸は蜜の味。このコクの深い苦さもスイーツのように甘く感じる。あぁ、絶景かな。
相当な鬱憤が溜まっていたのか、部長の怒り具合は凄まじいものであった。鬼の形相で激怒する部長は最早、手が付けられないといった感じで、二人が目元に涙を浮かべる程であった。「しょ、少々言い過ぎではありませんこと!」と千秋が慣れない様子で苦し紛れの反抗をすると、「てめえらがやりすぎなんだ!」と部長は盛大に反論した。千秋と金髪ギターの男は二人して「ひぃいいいいい」と悲鳴を上げた。
本人らは至って真面目なのだろうが、傍観するボクにはコントにしか思えなかった。
長丁場の説教が終わると、二人は酷く窶れた様子であった。部長も流石に疲弊したのか、ふうと長い溜め息を吐いた。少し落ち着いたようである。
残す三大阿呆事件は「つちのこ」事件である。しかしこれの解決のためには明智氷菓の頭脳が必要で、それを借りるためには十二ダースのラムネが必要である。部長は「任せてくれ」と頼もしいことを言っていたけれど、彼にそれについて訊ねてみると、実は全く手段の見通しは立っていないらしい。しかし仕方無かろう。経費の捻出しかり、運送方法しかり、問題は山積みである。
ボクらがうーんと唸っていた所に、千秋がゆっくりと手を挙げた。
「ラムネが必要なのでしたら、私に心当たりがございます……。それで少しでもご迷惑をお掛けしたことを償えるのであれば、協力は惜しみません」
繰り返すが、木之実千秋の人気は凄まじい。説教されてしおらしくなった彼女からは想像出来ないけれど、大規模の会員制ファンクラブが出来る程である。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
彼女が一度キャンパスを歩けば、その後ろには大量の人が付いて回り、半ば大名行列のような状態になる。
彼女の愛くるしい容姿に惑わされ、あわよくばお付き合いをと近づいた野郎共は悉く返り討ちに遭った。失恋の傷を抱えながら布団に寝込み、天井を見て落涙する哀れなる男を量産しては、「高嶺の花」としての地位を確固たるものにしていく。最早彼女の男市場に於ける価値は青天井であり、彼女を手中に収める男は誰であるか、食堂の食券を用いて賭けをする輩まで現れ出した始末である。
そう。このお姫様の我が儘に忠義するというのは、彼女を恋い慕う者にとっては光栄意外の何物でも無く、そのためならば命も惜しまぬことであろう。例えば彼女が「ラムネを十二ダース欲しい」と言ったならば、彼らは大学の文化祭というモラトリアム期間に於いて命にも等しき価値を持つイベントすら放棄し、駄菓子屋を求めて東に西にと奔走して、十二ダースのラムネを掻き集めてくるに違いないのである。
現実に、これがそのまま起こった。
彼女が直接彼女のファンクラブに打診をしたことで、中国さながらの人海戦術が発動され、ここら一帯の駄菓子屋からラムネというラムネが一粒残らず消え失せた。彼女は己の我が儘に耐えられなかったのか、ファンクラブ会員によって執行部本部へとラムネが送り届けられる度に、何度も謝辞と謝罪を述べていたけれど、どうやらそれが彼らの彼女の役に立ちたいという欲望に拍車を掛けたようである。
木之実千秋の人気の秘訣は、この淑やかさと慎ましさにこそあるのだろうと思った。
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