#10
以上が「猥褻ライブ」事件の全容である。証言は口調等々一部を改編している。実際にはもっと、まとまりの無い、知性を感じられない喋り方であった。酷い言い草だと思うかい、読者諸氏。酷いのは奴の嗜好である。
さて、この取り調べが行われていた頃、ボクが何をしていたのかといえば、またもや公開懺悔室の傍聴であった。労働とは恐ろしいもので、抱えていると今にも手放したくて仕方無いのに、いざ手元から消えると、他にすることが全く思い当たらない。労働は脳に寄生し、やがて正常な思考能力を破壊するのである。怖いと言ったらありはしない。悪霊退散! 労働よ労働よ、今すぐボクから出て行け!
暫く懺悔を聞いていると、何やら聞き覚えのある声がした。鈴を転がすような、淑やかなる声。記憶を辿ってみると、一人の乙女に行き当たった。
「禁断の果実」こと、木之実千秋である。
「懺悔致します。私は芸術学部芸術学科の木之実千秋というものです。私には謝りたい人がいます。彼女とは喧嘩別れしてしまって、今となっては全くの音信不通と相成ってしまったのですが、これというのは全て私に原因があるのです。
私には人に口が裂けても言えぬような趣味があります。嗜好と言った方がより正確でありましょうか。本当に人には言えぬようなものですので、ここでは伏せますけれど、これこそが全ての元凶です。
紆余曲折あって、友人である彼女に私のこの嗜好を知られてしまったのです。彼女は戸惑っておりました。当然です。最早人非人と思われても仕方無いでしょう。しかし彼女は受け容れようとしてくれました。あぁ、何と心のおおらかなお方でありましょうか。一方の私は最低です。あろうことか、私は彼女の差し伸べてくれた手を振り払ってしまったのです。理由は様々ありますが、ここでは言い訳にしかならないので割愛致します。私がすべきは弁明ではなく、懺悔でありますから。
申し訳ありません。もしも聞いていたら、このどうしようもない私を許してはくださいませんか」
千秋の懺悔は、特定の個人に向けられたものであった。抽象的な内容であることからしても、これが大衆に向けられたものではなく、彼女のみに向けられたものだと判る。
完璧に見える彼女にも悩みがあるのだと知ると、何だか感慨深いものがある。
それにしても、彼女の人に言えぬ趣味とは何であろうか。
「それから、私にはもう一つ懺悔しなければならぬことがあります」千秋は更に続けた。今度は暗い声色では無く、やり遂げたような明るい声色で。「この文化祭スケジュールにない、違法なる催しである公開懺悔室を主催したのは私です!」
前半の是非はともかく、この自白によって、木之実千秋の執行部本部行きが確定した。
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