#9
「すっかりお話し致します。私は軽音サークルに所属する者です。私は見ての通り軽薄な男でありまして、人生の中で一途に女性を愛したことなどなく、言葉は悪いですが、女性との交際は手当たり次第といった具合でありました。つまるところ真実の愛を知らぬのでした。
しかしある日、私は一人の女性に一目惚れをしました。それは深夜、どうしても寝付けそうになかったので、外へと散歩に出掛けた時のことです。私は暫く放浪して、やがて大学のキャンパスに辿り着きました。
街灯の淡い光のみが唯一の道標という宵闇の中で、向こうから何やら女性らしき人影が向かってくるではありませんか。深夜に人と出会すというのは、何か名状しがたい親近感のようなものを感じるものです。この遅い時間に出歩いているという共通点からくる、同族意識でありましょうか。普段そんなことはしないのですけれど、私は通りすがりに会釈くらいの挨拶はしようと腹の内で決めました。
ですが結論から申し上げますと、これは叶いませんでした。といいますのも、彼女は普通の人では無かったからです。正確には、普通の格好では無かったのです。彼女は服を着ておりませんでした。え? もう一度? ですから彼女は、服を着ていなかったのであります。所謂、露出魔というものです。
露出魔とは、本来忌避すべきものであります。私がすべき行動は間違いなく、警察への通報でありました。現に彼女はそれを恐れてか、私を認めるなりそそくさと退散してしまいました。
しかし私はそれを出来ずに、ただひたすらに立ち尽くしておりました。露出魔との遭遇という現実離れした出来事に対して衝撃を感じたからでありましょうか。確かにそれもありましょう。が、私を巣食った最も大きな感情は、「感動」でありました。
その女体の美しさたるや、私の持つ語彙程度で形容するのが烏滸がましく感じるほどのものでありまして、まるで精巧な彫刻作品を見ているようでありました。芸術の境地に達していると言うと大変陳腐な表現でありますが、私の表現力の限界ということでどうかご理解ください。
私はそれ以来、彼女のことしか考えられなくなりました。彼女の肉体しか考えられないだなんて、まるで私が変態のようでありますが、彼女の肉体にはそれだけの威力があったのです。
とはいえ、彼女は全く見ず知らずの人です。深夜だったので、顔すら曖昧です。しかし私は諦めきれませんでした。彼女の唯一の手掛かりは、大学のキャンパス内で出逢ったということです。当然部外者という可能性はありましたが、これが私と彼女を結ぶ唯一の糸である以上、これに頼らざるを得なかったのです。
私は文化祭に目を付けました。私はここで、ライブをする予定であったからです。ここで彼女への愛の曲、それも奇抜で過激な内容のものを歌えば、噂が噂を呼んで、やがて彼女に届いてくれるのではないかと考えたからです。
しかしあぁ、どうもそれは叶わなかったようですが……」
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