#8
三大阿呆事件の中で、真っ先に収束したのが「猥褻ライブ」事件であった。他二つとは異なり、犯人が明らかであったからである。誰がどう見ても、本件の犯人は、七色の光と乙女の罵声を浴びながら、猥言を不快なメロディに乗せて阿呆みたいに吐き散らしている、金髪ギターの男であった。
体育館の様子の詳細なる描写は先述したので割愛するとして、ここでは彼がお縄になった経緯を簡単に述べよう。
壇上に直接乗り込み、「執行部です!」と高らかに宣言しても良かったのだけれど、ボクは直前に、真に驚くべき格好良い登場の仕方を思いついたのである。フェルマーの残した予言は、人類史上一二を争う格好良さであるけれど、ボクのこれも大学文化祭史上最大に格好良かったに違いない。異論異議申し立てその他諸々悉く却下である。
まず人集りを避けて、二階にある放送室へと向かった。ここが音源である。「執行部です!」と高らかに宣言して、放送室の扉を開くと、冴えない眼鏡の男が座っていた。酷く驚いたようで、大きな音を立てられた子猫のように肩を震わせた。速やかに音楽を止めるよう言うと、彼は何度も謝りの言葉を口に出しながら停止した。その気弱そうな態度から、彼があの金髪ギターの男に強要されて、断れなかったのであろうことは容易に想像出来た。慈悲の心に恵まれる心優しき天使であるボクは、途端に彼が不憫に思えて、右手に持っていたりんご飴を譲った。ボクのような美少女の食べかけならぬ舐めかけのりんご飴を恵んで貰えて、彼もさぞかし嬉しかったことだろう。善行は善行で返すべし。
音楽が停止すると、あれだけ騒がしかった体育館がしーんと静まり返った。金髪ギターの男は勿論のこと、慣用表現に収まらず、物理的に石を投げ出しかねない勢いで罵詈雑言を浴びせていた乙女たちも、異常を察知してか静かになった。そしてこれこそが、ボクが企んだ舞台である。
急いで放送室から飛び出し、階段を駆け下りて、体育館壇上の舞台袖に立った。「発声練習、発声練習。あー、あー」。息は大丈夫、臭くない。襟を整え、さあいざ行かん。
「執行部です!」
高らかに宣言し、ボクは颯爽と登場した! ボクかわいい! かっこいい!
しかしまあ、アドレナリンの見せる幻覚とは凄まじく、ボクはこの時自分を客観視出来ていなかった。今になってよく思い返してみれば、ボクはこの時、実に滑稽なる出で立ちであった。喉の調子や襟をどれだけ整えたところで、右手に大きな「つちのこ」を抱きかかえていれば、これらあらゆるものが全て水泡へと帰す。
読者諸氏、黙りたまえ。君たちの言いたいことはよく分かる、だからこそ黙れ。言ったであろう、異論異議申し立てその他諸々悉く却下であると。何せこれは、ボクの沽券に関わってくる。もう一度言う、黙れ。
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