#7

「私は自転車のサドルを盗難しました」「私はメイド喫茶で賭博行為を働きました」「私はタコ焼きのタコを誤って食べてしまったので、代わりにイカを混入させました」

 公開懺悔室と銘打たれたこのブースには、無能会談に勝るとも劣らない人集りが出来ていた。体育館への道中にある、大きな広場のような場所に建てられた小屋のようなもの。そこに人が吸い込まれては、珍妙なる奇行を赤裸々に告白する。しかしどうしてここまで声が響くのか。本来、懺悔室とはシスターのみに己の罪を打ち明けあるものであったはずだ。その内容は絶対に外へは漏れないし、だからこそ人が集まる。

 一方の公開懺悔室はといえば、その懺悔の一部始終が外へダダ漏れである。恐らくであるが、内部にマイクが仕込まれているのであろう。何よりも奇妙なのは、その旨を知って尚、人が小屋へと吸い込まれていくことである。如何様な異常心理が働けばこうなるのだ。お祭りとは、人を人でなくするのかもしれない。

 懺悔が終わる度、小屋からは慈しみ深い女性の声が聞こえる。「神はきっとお許しになります」とか何とか。それを聞いた野次馬が、何やら阿呆みたいに騒ぎ立て、盛り上がっている。奇祭にも限度があろう。大体、ボクは天使なので知っているけれど、神様はそんなに慈悲深くない。余程上機嫌じゃない限りは、許しを貰えない。その癖して謝らない。神格化されているけれど、本質は単なる更年期の頑固親父である。「死ね!」と反抗期の娘さながらに言ったことがあるけれど、その時はかなり落ち込んでいた。ざまあ見ろ。

 体育館の調査という任務を忘れ、野次馬に混ざってボーッと懺悔を聞いていた。中には余りに阿呆すぎるものもあって、中々どうして面白い。個人的傑作は、「大学生活に於ける異性からの孤立が祟ったのか、気が付くと私は、交尾中のトンボをとっ捕まえて、両手で強引に引き千切っていました」である。

 くすくす笑っていると、ぽんぽんと肩を誰かに叩かれた。何たる狼藉。天使の肩を叩くなど万死に値する――と振り返ると、そこに居たのは哲学科の傑物こと妖部夏彦であった。

「お前でしたか」「前と後ろで言葉遣いが乖離しすぎだろう」「何ですか。何の用ですか。場合によっては、この場で大声を上げて、あなたを猥褻犯に仕立てあげても良いのですよ」「良くない。それに用は無い。偶々見掛けたから声を掛けただけだ。悪いか」「極悪ですね。それに最悪です」

 夏彦とは相も変わらず、惰性の関係が続いていた。連絡を頻繁に取り合うことはなく、週一回の「無人の塵」こと「無人島の地理A」で顔を合わせ、少し雑談をする。キャンパスですれ違えば挨拶はすれど、それだけ。しかも挨拶のうち三回に一回は無視をする。

「調子はどうだ」「調子に乗らないでください」「話を進めろ。文化祭は楽しめているか?」「全くですね。そちらは?」「僕もだ。あやかしの尻尾は依然として掴めていない」「今日も懲りずにやってるんですか。阿呆ですね」「凡人はそうやって、偉大なる一歩を踏み出さんとする者を嘲るのだ。指を咥えて見ているが良い。僕が輝かしく華々しい栄光へと歩む様を」「本当に阿呆」

 夏彦に栄光の道が用意されていて堪るか。彼が歩むのは茨の道、それも地獄への直行便である。彼の栄光の光は逆光であるに違いない。天国でもこの癪に障る顔を見るのは最悪なので、閻魔様にはちゃんと地獄に堕とすよう話を通しておこう。何か賄賂を用意せねば。

「ところで、いばら君。この珍妙なる催しは何だ」「ボクも知りません」「君、執行部の業務を手伝っているはずだろう」「何故知っているんですか?」「……すまない、今のは忘れてくれ」「まさかとは思いますが、あなたの差し金ですか」「知らない」「本当のことを言ってください」「知らない」「懺悔してください」「しない。それに知らない」「知れ! しかして死ね!」

「心霊考証会」がボクの違法労働の差し金であったことは、こうして明るみに晒された。

「今回の文化祭はいささか妙だ。さっき『つちのこ』を拾った。体育館は猥褻騒ぎだ」「何ですか猥褻騒ぎって……」「君も行ってみれば判るさ。『つちのこ』は君に預けよう」「要りませんが」「きっと役立つ」

 夏彦はそれを最後にして、風のように立ち去ってしまった。ボクに残されたのは、左手に持っていたりんご飴と、押しつけられた「つちのこ」である。「つちのこ」を右手で抱えつつ、器用に裏返してみた。

 丸々と肉づいたお腹に描かれていたのは「♡」であった。

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