#5
「ラムネを持ってきたまえ。十二ダース」「十二ダース!?」「何だね、何か文句でもあるのか」「虫歯になりますよ!」「ええいうるさい、余計なお世話だ! ほら見たまえ! 私の歯は潔白だ!」
そんなやり取りがあって、ボクは出直す羽目になった。ラムネ十二ダースなど、何処で調達すれば良いのだ。最早ボクのみの力では不可能と見て、執行部部長に連絡を入れると「了解した。その件はこちらに任せて欲しい」という心強い返信があった。救世主様!
しかし直ぐに「ただし、君には別件に対処してもらう。体育館へ行って欲しい」と別の仕事を押しつけられた。この悪魔め! お前の血は何色だ!
指示通りさっさと体育館へ行っても良かったのだけれど、ボクも反抗したいお年頃である。少しばかり道草を食うことにした。せっかくの文化祭である。阿呆な催し物が目白押しであるに違いない。
のこのこと練り歩いていると、りんご飴を売っている屋台の前を通りかかった。定番だが、しかしそれ故に良いものである。お兄さんに「おひとついかが?」と声を掛けられた。が、ボクの財布は万年閑古鳥が鳴いている。「お値下げお願いします」と返した。「ならば、俺にじゃんけんで勝ってみろ」と勝負を挑まれた。望む所! しかし結果は、ボクがグーで、相手がパー。つまり敗北である。意気消沈していると、彼は「しかし考えてみれば、紙が石に勝つというのはおかしな話である。包んだところで、最後には破られるのがオチだ」と詭弁めいたことを言った。最初、意図を汲み取れなかったのだが、気が付くとボクの手に何か握らされている。見ると、そこにあったのはりんご飴!
何と善い人! ボクはたくさんのお礼を述べてから、るんるんと鼻唄を口ずさみながら、そしてりんご飴をちろちろと舐めながら、更なる出逢いを求めて前進した。
何とは無しに六号館へ這入ると、不思議な活気に包まれていた。どうやら一つの教室に多くの人が集まっているようだ。更に奇妙なことに、その男女比が大変に偏っている。見たところ、九割と一割といったところか。
何が始まるのだろう。ワクワクしてきた。耳を欹ててみる。「今年はどんな趣向でしょうな」「何にせよ、素晴らしい曲線美を魅せてくれるに違いない」「私は青空の下で、一糸まとわぬというのも乙だと思う」「ふむ、良いな」「あるいは、水中であろうか」「あぁ、それも良い」「もういっそ、スクール水着はどうだろうか」「何を言うか、邪道め。貴様はどうしようもない変態野郎だ。彼女に布を着せるのは、彼女への冒涜も同義である」「黙れ。多様性を認めぬ愚者は散るべし」
そこから、何かどうしようもなく不毛と思われる言い争いが始まってしまったが、何のこっちゃである。しかし、とても楽しい催しが始まるということは理解できた。人をここまで熱くさせるものが、面白く無い訳がないのだ。興奮してきた。
さて。りんご飴の味にも飽きてきた頃、いよいよその正体が明らかなものとなった。この犇めく人の集団は、とある一つの展示を待機していた人たちであったらしい。後から聞いた話によれば、この展示は例年人が多すぎるので、展示の時間帯を分けて極力混雑の回避を試みているようである。そして、この集まりが記念すべき一回目の展示であった。
芸術学部芸術学科、「禁断の果実」木之実千秋。
まるでお人形のように可憐な、黒髪の乙女。彼女は教室に展示された大きな絵画を前に、一人座っていた。彼女は恭しく、そして淑やかに一礼をしてから、にこやかに笑った。
「ごきげんよう。そして感謝いたしますわ。私の個展へよくぞお越し頂きました。どうぞごゆっくり、ご覧遊ばせ。
その様たるや、かぐや姫も斯くやという美しさよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます