#3
まずは三大阿呆事件が一つ、「つちのこ」事件の概要を述べる。
キャンパスのあちこちで「つちのこ」が発見された。「つちのこ」は神出鬼没であった。講義室や食堂、体育館、果てにはトイレの個室に至るまで、あらゆる場所に見境無く現れた。特徴的なのは、「つちのこ」の腹の部分に、何かしらの文字や記号が刻まれていたということである。
「つちのこ」の見た目は、おおよそ読者諸氏の想像通りであると思われる。蛇を横に太くして、縦に短くしたような造形である。
腹に何かしらの文字や記号が刻まれていたという点から、この「つちのこ」は人為的なものであることは明白であった。しかしその動機が全く以て不明。手掛かりになりそうなものは、腹に刻まれた文字や記号のみである。
無論、人は阿呆とはいえ頭が働かぬという訳では無い。直ぐにこの文字や記号が何かしらの暗号になっているのではと推理された。確かに、推理小説を人並み程度に嗜むボクから見ても、何かの暗号になっているだろうという雰囲気はあった。
が、肝心の鍵が不明。解読は難航した。推理小説など、所詮何の役にも立たなかった。
○
三大阿呆事件が一つ、「猥褻ライブ」事件は、「つちのこ」事件の調査中に勃発した。
体育館で行われるライブにて、本来のスケジュールから著しく逸脱した内容のライブが執り行われているという通報が執行部に届いた。聞いただけで辟易とする内容であったが、これもまた、派遣されたのはボクであった。
どうしてですか。
体育館の惨状たるや言葉にすら出来ぬ。聞いて地獄見て地獄。猥褻なる歌詞がデスボイスに乗って耳へと入り、鼓膜を叩き殺す。凶器のように、或いは狂気のように降り注ぐ七色の光に眩惑し、得体の知れぬ吐き気を催す。今すぐに脳味噌を取り出して、水で丸洗いしたくなる汚らわしさがあった。
観客の反応は三者三様であった。
官能小説顔負けの生々しい描写と過激さに、敢えなく卒倒する者。「お前は人の恥、世の恥!」と激しく非難する者。「神はいた!」と、鼻血を垂らしながら熱狂する者。
これがこの世の地獄であろうか。大学の文化祭という場で公演して良いものでは断じて無い。ボクは恐怖を禁じ得なかった。
歌詞の内容は口に出すことすら憚られる。文字媒体ならば辛うじて起こせるだろうが、これを一言一句漏らさず世に出すようなことがあれば、恐らく関係者全員が漏れなく公然猥褻の罪で起訴される。本当にオブラートに包んで包んで、限りなく表現をマイルドにした上で、それがどのようなものであったか記す。
一言で言うのであれば、それは女体讃美の曲であった。文字媒体ならば起こせるとは言ったけれど、文字にすると気色悪さがより際立つ。が、後世のためだ、続けよう。
歌詞の中での語り手は、一人の男である。男はある日、一人の女と出会う。男は女に一目惚れした。男は女に恋焦れるようになる。男はこの女の魅力について歌の中で語る。
読者諸氏、きっとこう思われたことだろう。「何だ、何が問題なのだ。素敵なラブソングでは無いか。それとも何か。貴様はラブソングを『女体讃美』と換言する、捻くれた感性の持ち主か。奇を衒うのも大概にしろ」と。
待ちたまえよ。続きがある。
この女が問題であった。「女」と聞けば、大抵花も恥じらうような可憐なる乙女を想起することだろうが、残念ながらこの歌にそんな純真なる存在は登場しない。代わりに登場するのは、公然の場で己の肉体を曝け出すことが趣味の歩く軽犯罪である。
男はこの女に惚れ込んだのである。というよりも、彼が惚れ込んだのはその女自身というよりも、その女の肉体なのだ。ここまで述べたならば、この曲がどれだけ変態的で偏愛的なものであったか、想像に難くないはずだ。ボクとてこんなものを語るのは甚だ不本意であるので、これ以上の言及は控えたい。
何と言うべきか、ボクは江戸川乱歩を読んだときと同じ気分を味わった。
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