第二部

1話 たいようくん

『驚異的な記憶力のたいようの子の“生きづらさ”と“支援”』

 画像上部にテロップがあらわれ、一人の男性が、耳を塞ぎ、身体を震わせ、唸っている。施設の監視カメラの視点で、様々なカットが映る。

『これは栄養補給施設で、困りごとが起こったときの、たいようくん(仮名)。』淡々とした声のナレーションが流れる。『彼は何か困りごとが起こったときは、言葉にできず、このように身体で表現する。』

『しかし一方で、こんな才能もある。それは、記憶力の良さだ。』

 カットが変わり、施設の周辺の地図がアップで表示される。『これは、たいようくんが記憶だけを頼りに作った地図だ。街と周辺の郊外が、事細かく書かれている。』

 次に、彼が施設で『しごと』を行っている場面も流れた。『さらに、この子にはさらなる才能がある。これは施設で単純作業を行う、たいようくん。とんでもない集中力だ。』彼の顔がズームされる。真顔で、淡々と作業に取り組んでいる。

『今回はそんなたいようくんを特別ゲストとして、スタジオに招いた。』

 私は番組に飽きて、動画を止め、コメント欄をスクロールして、彼に対して言われていることを読んだ。

『そんなに数字覚えてられるとか記憶力すごすぎ 一方、俺』

『顔かわいい。でも、変な挙動。』

『おめめが純粋で、きっと良い親御さんを持たれたのだと思います』

『私の娘も施設にいます。こんなに天才ではないけれど、頑張って生活しています』

『人に迷惑かけなきゃなんでもいい』

『やっぱり害があってもこのくらい才能が無い限り社会に出ちゃダメですよね。よかった~健常者として生まれて。俺才能無いから』

 私はスクロールする手も止めて、画面を見つめる。しばらく黙っていたら、黒崎が私の顔を覗きこみ、目を見開いて、微笑んだ。

「どうだ? 君のことがしっかり描かれてると思わないか? 傑作だろ?」

「……この人は」私は彼の挙動を思い出した。

「うん?」

「この人は、誰ですか?」

 黒崎は私の顔を見るのを止め、私の周りを歩き回った。彼は私の言葉の意図を考えるように、首をかしげ、私を眺めた。

「まぎれもなく、君だよ。コウちゃん。君はね、客観的に見ればこうなっているんだ。他者の視点を持てない君には分からいだろうけど」

 私は携帯を閉じ、ポケットに入れる。見ていられない。

 黒崎は私の顔から目を離した。

「今回のギャラは銀行口座に入れておくから。自由に使ってよ」彼は言葉を続ける。「で、次の仕事のことなんだが、結構、すぐなんだ」

 黒崎は厚い紙の束を机に置いた。「健常な人間には中々難しいが……君のような子には、たやすいだろう」

「何をやればいいですか?」

「この文章を覚えてもらって……そうして、私と記者会見に出てほしい」

 私は紙の束をめくって、全体的な内容を確認する。――『人肉』『施設』『事実』そういう言葉が散見される。

「内容は、栄養補給施設が許諾を得た利用者を人肉にしたり、実験に使っているのを認めるものだ」

「私たちに施設について暴露されるのが不都合だから、このように従わせているのではないのですか?」

「本当に隠蔽したいなら君たちを殺せばいいじゃないか」

 黒崎は、ふっと笑った。

「そろそろこの施設の事実を、世間サマにジャッジしてもらわなければいけないと判断したからね。君たちにとっては、元から暴露したいことだったんじゃないか、なあ、聞いてたぞ?」

『この施設の変なところをみんなに言えば、きっとなんとかなる』ナツミが言ったことを思い出す。私は紙を開き、文章を読んだ。

 紙には、大まかな記者会見の流れと、私が言うべき言葉、想定される質問が乗っていた。唾棄すべき内容だ。何とか施設を正当化しようとする試みが、目に見えている。全部読み終わると、私は黒崎を見た。

「この文章は、恣意的ななものだと思われます」

「はは、当たり前だろ? お前が公的な場所でものを自由に喋れると思ってるのか? ……だが、お前らに有利なものには違いないだろう? 世間サマが君のお仲間が言う、倫理観がある人たちだったら……きっと、施設の反対運動が活性化し、私たちは自動的に潰れるだろう」

「この文章にないことを言ったら、私は不都合な者として殺されますか?」

「場合によるよ? 少しくらいなら変えてもかまわないが、大きく変えるのは、ちょっとねぇ。……いい塩梅で考えられるアタマが万が一にでもお前にあるというのなら、どうぞ考えてくれ」

「そのように他人を煽るのは、他人から嫌われる恐れがあります」

「普通の人はそう思っているかもしれないが、君はどう思っている? 君は私のことを、嫌っているのか?」

 人を嫌う感覚というものがどういうものか知らない。行為を嫌うことはあったが、人そのものを嫌ったことはなかったように思うし、それは意味のないことだ。

 私が黙っていると、黒崎はため息をついた。

「君はいつも一般的な見知ばかり言うよな。まぁ、そういう風に自分の感情を見いだすことを難しくしているのが、君の症状なワケだが。そんなんで、ここ以外の仕事が務まるのかね?」

「一人で作業をする方が煩わしくなく、集中できるということは知っています。なので私はこれを持って家に帰ります」私は立ち上がった。

「ふむ、少しくらいは嫌悪の感情があるようだ。はは、もちろん、帰っていいよ」

 私が部屋から出かかると、黒崎は捨て台詞のようなものを残した。

「記者会見は少し、君には辛いかもしれないが、君の目的を達成するためにも、頑張ってくれ」

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