9話 写真
「えっと……私、ずっと、やってみたいことがあったんです」ある日の自由時間に、マメは我々かぞくに提案した。
「なんだ-?」
「かぞく写真! 撮りたいな……って」
「もちろん! 撮ろう!」ナツミは満面の笑みで答えた。
「カメラってあるのか?」
ツバサが問うと、マメは小さなカメラを取り出して我々によく見えるように突き出した。すぐに現像される、使い捨てのものだ。
「私が買ったんだ。施設のみんなの記録を、残しておこうと思って」
ナツミとツバサは運動場を走っていって、適切な場所を探した。しばらく探した後、施設の全面を背景に撮ることにした。
「コウも入る?」
「フラッシュが苦手なので、手短に……15分くらいで撮りましょう」
「写真なんか数分で終わるよっ!」ナツミは手をまねいた。私はナツミとツバサの後ろに立った。
「あっ、マメが写真撮ったらマメが映らないな……」
「大丈夫!」
マメが言うと、おもむろに所長が出てきた。
「所長さん!?」ナツミは驚いたような声を出す。
「マメに呼ばれて来てみたら、写真を撮ってほしいって?」所長は満面の笑みで言った。
「は、はい! できますかね……」
「もちろん。ささ、並んで並んで。身長順に、ツバサとナツミは前でね」所長はカメラを受け取って、我々の位置を指示した。身長の高い私とマメは後ろに、ナツミとツバサは前に立った。
「お、俺もいつか後ろに並ぶから……」ツバサは背伸びをして私を見つめる。
「数年後には、二次性徴によって身長が伸びると思われます」
「そ、そうかな……?」
「えへへ、その頃には、みんな卒業してるかな?」ナツミは無邪気に笑った。
「卒業して戻ったら学校で自慢したいなぁ」ツバサは気分が良くなって前に並んだ。
「コウちゃんは眩しいのが苦手なの?」
「はい、そうです。なので、短時間で撮りましょう」
「ははは、設定変えたからフラッシュは焚かないよ、それよりコウちゃんも笑ってみな」
「笑うのは苦手です」自然的に出たもの以外の笑顔は苦手だ。
「じゃあいつもの顔でいいよ! 素の顔で。素の状態が一番いいからね」
「所長さん、おねがいします!」マメは満面の笑みでピースをしながら言った。
「はいはい。いきますよ~」所長のかけ声でツバサとナツミはピースサインを出した。マメも一歩送れてピースをする。
「はい、チーズ!」
私も出したほうがいいと判断し、撮る直前でピースをした。カメラ音が鳴る。すると、カメラからすぐさま写真が現像される。
「はい、何枚か撮りますよ~!」
所長は何枚か撮った。私はピース以外のポーズ方法を知らなかったが、他の人のポーズを真似した。そんなことを4,5回繰り返す。
「――はい、終了! 現像できたから、見てって」
所長が言うと、三人はわらわらと彼の元へ集まってきた。所長がマメに現像された写真と、カメラを渡した。
「私は仕事に戻るからね」
「ありがとうございます! わざわざ、貴重な時間を……」
「あはは、これもみんなのためを思ってだよ。当然のことさ」
所長はマメの感謝を優しくあしらい、朗らかな笑顔で去っていった。
「コウも見ようよ!」
「わかりました」私もマメの周りへと集まる。マメはかぞくに写真をそれぞれ見せた。
「おいおい、コウ! 全部無表情じゃん! ああ、良い! コウらしくて!」
「わ、この写真私の髪の毛が変なところに……!」
「このポーズ今度は全員で一致させたいなぁ」
各々がそれぞれ感想を言う。私も何か感想を言わなければいけないだろうか。
「……写真が四枚あって、彼らは様々な様態で被写体になっています。写真に写っている人たちは、みんな楽しそうに振る舞っています」
「コウって感想とか言えたのか?」
「大学で書く練習をしたので、一応考えることはできます」
「おうちに帰ってもっとちゃんと見ようよ!」
「うん!」
私たちはおうちに戻って、腰をすえて写真を見る。私は普段していると思われる無表情だったが、普段と違ってピースをしていた。マメは恥ずかしげにピースをしたり、ハートを作ったりしていた。ナツミとツバサは、堂々たる様子で、息ぴったりにポーズを合わせている。
「これさ。みんなで、持っとかない?」ナツミは3人に提案した。
「いいのか?」ツバサがマメに聞く。
「もちろん! かぞくの証としてさ、みんなで持っとこ」
「『かぞく』の証かぁ……いいな! 選ぼうぜ」
三人は写真をそれぞれ選んだ。私は一番最後に余っていた写真を手に取った。私たちが写真を見ていると、ナツミは手を叩いた。
「あ、そうだ。写真の裏にさ、書こうよ。対処法を」
「なんの対処方法ですか?」
「いつでも持ってるものでしょ? もし次発作? が起こりそうになったときも、お守りみたいになれるかなと思って」
「お守り……」
「そう。だからさ、書こう」ナツミは油性ペンを差し出した。私はそれを受け取り、写真を裏返し、何を書こうかと考える。
「俺はなんて書けばいいだろ……ふむ、困っている人を見つけたときのことを書こうかな」ツバサは縁間に行って書き始めた。
「いいね! 私はーっと、うーん、焦ったとき? を書こうかな」
私は何を書くべきか考えあぐねた。感情を書く行いは苦手だった。
「あまり思いつかないです」
「うーん?」ナツミは私の顔を覗く。
「パニックになったときの対処方を考えたら? そうだ、私も書くの手伝ってあげようか? これでも色々な子の相談聞いてきたんだよ」
私は頷いて、ナツミの話を聞いた。ナツミの意見も取り入れて、対処法を書いた。たぶん効果的だと思う。
「パニックになりそうなとき、見てね」ナツミは笑顔で言った。
「コウも書けたのかー?」
ツバサは私たちが書いた文章を覗いて、ニコッと笑った。「いいじゃん! 実用性がありそう」
「……どうして、三人はそれほど私を気に掛けているのですか?」
「どうしてって……どうしてだろう? 助けるのが癖になっちゃって……」ナツミは腕を組んで考えた。
「理由もなにもないだろ、気にかけるのに」ツバサは言った。
「マメさんは仕事だからこのように気に掛けているのですか?」
「もちろん、仕事だからっていう理由もあるけど……それ以上に、コウも、他の子たちのいい顔が見たいって思って、頑張ってるんだよ」
「私はいい顔をしません。ずっと似た顔をしていると評価されます。だから、いい顔を見たいのなら私を支援することは推奨しません」
「いい顔っていうのは、表面的なものじゃないんだよ。もっと内面的なもの」
私は内面的にいい顔をしているのか? 私が黙っていると、
「そんなにネガティブに考えなくていいんだよ、」
「悪い気はしていません。ただ気になっただけです」
「そっか。よかった」
私には目に見えないものを見ようとするのが苦手だった。目に見えないものといってもそれは感情に関するものに限られる。概念についてを考えるのは好きだった。だからこういう話はよく分からない。
「なんか、あったかいね」
「へへ。そうだね」
私は温度計を見た。特段高くはない。……だが、文脈からして、かぞく三人の気持ちが高揚したことを共有したものだと思われる。
「……とにかく! これはみんなのお守りだからね」ナツミは念押しした。
「お守りはどのように着用すればいいですか? 私はお守りを常備したことがないので、わかりません」
「うーん、胸ポケットとか、すぐ取り出せそうなところがいいかな」
「わかりました」私は胸ポケットに服に入れかけた。だが、ナツミに止められた。
「あーまって! 油性ペンだから、服についたら取れなくなる。……まあ、お守りは部屋に置いてても大丈夫だから。でも、バッグとかにいれてたらいいかもね」
「乾かしてから胸ポケットに入れます」
「うん。……コウ、ありがとうね。あと、色々付き合わせちゃってごめん」
「私としては不快に思っていないので、大丈夫です」
「そっか」ナツミは儚げに笑った。
「卒業した後……お出かけとかするときとかに持って行こうかな」
「卒業かあ……」
卒業とは施設特有の用語の一つで、施設に一定の時間施設で生活するか、一定のノルマを達成するかで施設から出所できる。たぶんマメはそろそろ卒業する。
「もし、卒業したあとも、一緒に遊んでくれるよね?」マメは言った。
みんなは満面の笑みで頷いた。
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