7話 しごと

 洗濯かごに服を入れて、洗濯機が並ぶ部屋――しごと部屋に入る。横並びに洗濯機が並ぶ。それぞれの洗濯機には部屋番号が附されており、利用者が各々で洗濯機を使っていた。

 今日の洗濯は私の担当だった。おうちの番号が書かれた洗濯機に行き、三人分上着や下着、作業着を入れる。形が崩れやすいブラジャーは、個別に網袋に入れる。洗剤と柔軟剤を入れ、蓋を閉める。閉めたあとは、開始のボタンを押す。

 家事を行うこと。これも、しごとの一つである。たいようは一人で生活を送ることを重要視するから、当然生活に必要な家事もしごとに含まれる。巨大な洗濯機をいくつか用意して一気に服を洗濯すれば効率がいいが、それは施設の趣旨に合わない。なのでこのように分割している。

「あっ! コウ!」ナツミが私に声をかけた。

「ナツミさん、しごとはもう終わったのですか?」

「うん。手持ち無沙汰になったから誰か手伝いに行こうかなと思って。でもコウは大丈夫そうだね」

「当然です」

「へへ、自信満々だねぇ」

 ナツミは笑顔を向けて、他の困っていそうな人を探す。

 洗濯カゴに服を詰め、おうちに持って行こうとすると、視界の端に、マイコが見えた。彼女は男性用の下着を持ちながら、身体を硬直させて、キョロキョロとしきりに周りを見ていた。それに気づいたナツミが、マイコに声を掛けた。

「マイコちゃん、大丈夫?」

「えっ……っと」マイコは更に萎縮したようだ。

「洗濯が出来ない?」

「え? う、うん」

「じゃあ一緒に洗濯の練習しよう! 手伝うよ」

「あ……」

「マイコちゃんは袋にこれを入れといて。私は服を表に戻すから」ナツミはマイコに網袋と形の崩れやすい服を差し出す。

「う、うん……」マイコは言われたとおりに袋に服を入れていく。しばらくして、洗濯、それから乾燥させた服を入れ替えた。

「よし、洗濯のしごと完了!」ナツミは笑顔でマイコに言った。

「……あ……」マイコは萎縮しきっている。

「わ、えらいねぇ! ナツミちゃん!」我々のしごとを監視していた職員が、おもむろに二人の近くに歩き、パチパチと手を叩く。それからマイコの頭を撫でた。

「ほーら、マイコちゃん、ありがとうは?」

「あ、ありがとう……」

「うんうん、ナツミちゃんは偉いね! 手伝ってあげて。マイコちゃんもありがとうって言えて偉い偉い!」にこやかな笑みで、メモを取り出して、何かを書いてから、洗濯場にいる利用者に聞こえるよう言った。

「みんなもナツミちゃんみたいないい子になれるように頑張ろうね!」


 しごとは家事の他にも、作業労働などがある。作業をするのは私にとっては簡単だった。内容は、箸を箸入れに詰めたり、簡単なピッキング作業をするなどの単純なものだ。今回はマメが作業所の監督をしていた。監督の仕事は資格を受けたソトの職員と遜色ないように思えた。

 作業を終えておうちに帰ろうとすると、マメに呼び止められた。

「名倉さん」

「はい、なんでしょうか?」

「話を聞いてくれませんか? 外の空気でも浴びながら」

 我々は運動場に出て、ベンチに座った。利用者たちが遊具で遊んでいる。今ごろナツミとツバサは他のかぞくと遊んでいると思う。

「話とは何ですか?」

「親のことです」

 マメは微笑んだ。「前、どうしてここから卒業したいのかおっしゃってたでしょう? だから、話したくて」

 私は頷いて、マメの話を傾聴することにした。

「……母親が、いわゆる教育ママで、私は中学受験をしました。受かって、高校までストレートで行って、あとは大学受験……ってときに、なぜか私は学校に行かなくなりました。勉強もしなくなりました」

「なぜ行かなくなったのですか?」

「ただ、何もかもが嫌だったんです。今思えば、家を出て行けばよかったんだと思いますけど、その時はそんな考えには至らなかった。だから、部屋に引きこもりました。……だからここに来たんですけどね」

 ここが本当に私たちの心身に貢献したかは分からないけど……でも、私は正当にたいようポイントを集めて、職員になれたんです。あと少しすれば、社会に出ることができる。

「社会に出たら、どのようなことをしたいですか?」

 マメはニコッと笑った。

「まずは親に会って、一発、殴ってやりたいと思います!」

「人を殴るのは――」私が言いかけると、マメはその言葉を遮った。

「バレなきゃいいんですよ……私がもう親の庇護下にはいないってことを、証明しないと!」

 他人のことについて、あれこれ口出しをするべきでないから、私は黙ることにした。マメは話を続ける。

「ああ、それから、ちゃんと自立できたなってことを……確認したいです。卒業したら施設の支援で家を貸してもらえるらしいし、ここで職員として稼いだお金と経験を元本に、バイトをしたり、さらには正社員にでもなれたら、万々歳ですよね」

 大学には行けなかったけど、いいんです。今はこの国の人口も沢山いて、高卒の人の分母も多いでしょう? だから、きっと活躍出来る場所があるはずです! へへ、しかも、元から早めに働きたかった……というより、家から出たかった、っていうのが正しいのかな。

「類は友を呼ぶっていうのは本当みたいですよ。ナツミちゃんも……言っていいって聞いたから言うんですけど、お家に問題を抱えているみたいで……まあ、この施設の性質上、そういう子が多く来るのは当たり前ですがね」

 マメは話し終わると、私の目を一瞬見て、驚いたような顔をした。

「ああ、すみません……同年代の方、あんまりいないので……すごく喋っちゃいました」

「いえ、大丈夫です」

「最初にツバサくんではなく、コウに声を掛けたのも、年の差があんまりないからなんです。あんまり年下に話したことがないからっていう……私の単なる恐れです」

「しかし、今はツバサさんと話せています」たまにマメはおうちに遊びに来るが、ツバサとも話せていると思う。

「ええ! それは勿論ツバサくん、ひいてはかぞくのみんなのおかげですよ!」

 マメはニコッと笑って、話を変えた。

「ああ、ところで……コウさんは、ここで何を学びたいですか?」

 それについてあまり考えていない。ただ、人に言われたから来ただけであって、ポイントを多く手に入れるべきとされているからポイントが得られるよう、規則に従っている、施設外と同じように。ただ、症状が和らぐのならそうしたい、と、言った。

「なら、学ぶことを探してみるのがいいと思います! まずは、それからやってみて……次に、それを学んでみるんです。『しごと』『おはなし』『あそび』……どれも重要な学びだから、自分に合ったレクリエーションを探してみて!」

「探してみることにします」

「話を聞いてくれてありがとう」

 私は頷いた。

「……そろそろ終業時間なので、おうちに帰ります」

「うん。またね!」

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