3話 職員たち

「あのっ……コウさん、ですよね?」職員の女性がふいに私に声をかけた。少しおどおどした様子である。

「はい。あなたは?」

「ああっ、えーっと、突然話しかけてごめんなさい……私は、ここの職員になったばかりの、マメっていいます」

 彼女の身長は高いほうだと思うが、猫背のせいでナツミと同じくらいに感じられる。

「私に何か用ですか?」

「えーっと、食事が終わったあと、一瞬私のところに来てほしいんだ。ちょっと話したいことがあって」

 私が返答する前に、彼女は急いで補足した。「あっ、ナツミちゃんには私の名前を言わないでね……職員に呼ばれたから先に戻ってて、って言えばいいから……」

 私は頷いて、席に戻った。マメの名前を伏せて、職員と話があるから食事が終われば先に戻って欲しい旨を話した。ナツミとツバサは部屋に一人で戻れるか心配したが、私の記憶力について言うと、快く承諾した。

 食事のあと、利用者たちを一通り見送ると、マメが呼びかけた。猫背が目立ち、目が泳いでいる。「あなたが、ナツミちゃんと同じかぞくになった一人ですよね」

「私と、ツバサさんが配属されました」

「私は、つい最近までナツミちゃんのかぞくだったんです。たいようポイントが貯まって、上の人から認められて……最近ここで働き始めました」

「たいようポイントが貯まった者はここから出所できるのではないのですか?」

「ええ。そうなんですが、この仕事は、社会に出るための更なる訓練として、一時的にいるだけなんです。職員にも、二種類いるんですよ。施設内から職員になった『ナカ』の者と、施設外から就職してきた『ソト』の者。まあ、ナカの者はアルバイトのようなものですから、ソトの者のようなことはできないんですけどね……あっ! あんまり利用者にには言っちゃだめだな……」

「口外しないので心配する必要はありません」

 職員が二種類いることは、私は知らなかった。知らないことを知ることは良いことだから、私は嬉しい。だが、本題についてを聞かなければいけない。

「本題に移りますが、あなたはナツミさんに何か言いたいことがあるから私に声をかけたのですか?」

「うん……ナツミちゃん、大丈夫かなって思って。どうだった?」

「やや施設に関して過剰なところがあるように見受けられますが、私は施設に来たばかりなので、それが一般的なものなのかは、分かりません。ただ、概ね大丈夫だと思われます」

「そっか……最近私がナカの職員になってから、彼女、焦っているような気がして。規則も今までよりちゃんと守るようになったんだ」

「規則を守るのは良いことでは?」

「もちろん良いことだけど、その罰がね。身体の懲罰なんて、過激すぎる……ああ、ごめんね。こんな話しちゃって」

 私は彼がいたところを見た。職員にどこかに連れて行かれ、もう誰もいない。

「何かを知ることは、良いことなので、心配する必要はありません」

 私は少しして言葉を続ける。「何か彼女に関して注意することはありますか?」

「彼女が精神的に不安定になったら、励ましてほしい。職員になっちゃったせいで、あんまり関われなくなっちゃって……」

「利用者と関わってはいけないという規則があるのですか?」

「ないけど、抵抗があって。ナカの職員たちは、みんなあんまり元のおうちに来ないから……」

「それなら問題ないと推察します。規則に書いてないなら、特段処罰などを受けないでしょう。心配ならば、職員としてでも来た方が、ナツミさんの心身に良い影響を与えると思います」

 マメは少し間を置いて、顔をぱっと明るくした。

「そうだね! 雰囲気をよくしたらソトの職員から認められてすぐに卒業できると思うし!」

「……なぜそれほど卒業したいのですか?」ナツミもマメも、卒業についてを気にかけているようだから気になる。

「うーん」マメは首をかしげた。「たしかになんでなんだろう?」

「わからなかったら、無理して言わなくていいです」理由がわからないのはよくあることだ。

 マメは腕を組んで苦笑いをする。「私の宿題にするね! なんで卒業したいかって話。次、二人きりで話すときに教えるよ」

「わかりました」

「代わりに、ナツミちゃんが落ち込んでたりしたとき……もちろんツバサくんもだけど、助けてくれる?」

「そうできるよう努めます」

「ありがとう」

 マメは満面の笑みを浮かべた。私はその表情についてを考えながら、食堂を出た。

 私が部屋に戻るために廊下を歩いていると、通路の隅で、さっきの少年と職員が話していた。少年はもう看板や拘束を外されている。だが、肌の痛々しい傷はまだ癒えていない。私は立ち止まって話を聞いた。

「お前は使えないなぁ。本当に、無能だよ、無能。これじゃあさ、一生、『卒業』できないよ。お前がいるおかげで、周りに迷惑がかかるしさ、いるだけ無駄なんだよ!」職員は怒鳴った。私は大きな音が苦手だから、早く行きたかったが、なぜか離れがたかった。

「ごめんなさい……」

「でさ、あの件、承諾してくれる?」

「まだ……」

「ふーん。さっさと決めろよ? お前が優柔不断にウダウダ悩めば悩むほど、周りに迷惑がかかるの、覚えといて?」

「うん……」

「じゃ、さようなら。おうちに戻って」

 少年は歩き出した。話が終わったから、私も歩き出すと、少年は私に気づいたようで、歩幅を合わせた。

「あ……さっきの、たいようの……」

「名倉光と言います」

「コウ……あのさ!」

 少年は言いかけて、私の後ろのものに目を見開いて、黙った。振り向くと、さっきの大柄な職員が私たちを見ていた。

「あ、いや……」

 少年も彼の視線に気づいたようで、言いよどむ。

 少年は黙って廊下を走っていった。彼がいなくなると、職員も目線を引っ込めた。私は彼を追わずに、そのままおうちに帰った。


「職員となんの話してたの?」

 部屋に行くまでも、戻っても、ずっと、脳裏には彼がいる。別のことを考えようとしても、彼が邪魔をする。非行、懲罰、怒声……。

「職員とちょっとした話をしました」私はナツミの問いに適当に応え、壁にもたれる。

 不穏な予兆があった。ちょっと感覚が過敏になっているような気がする。部屋の明かりが、眩しいような気がして、頭が痛い。

 ツバサは部屋中を歩き回って、探索していた。

「さっきはあんまり部屋の様子あんまり見れなかったけど、ガチで旅館じゃん。俺ここ好きなんだよね」

 ツバサは部屋の奥にある、向き合った椅子の片方に座った。「旅館に行ったとき絶対座るやつ。自然の景色も綺麗だし、俺ここにずっといるかも」

「うーん、私、家族と旅行したことないからさ……よく、わかんないや」

「え? ああ……ごめん」ツバサは突然ナツミに謝った。

「ん、何が?」

「ああいや、何でもない」

「うん?」

「……そんなことよりさ! 出ようよ! 外に! 自由時間なんだろ?」

「うん。きっと楽しいよ! いろいろな遊具があるし」

「コウも一緒に――コウ? おーい?」

「コウ? 大丈夫か?」

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