2話 施設にて
バスから出ると、外には引率の職員がいた。「二列で好きなところに並んでねー!」私とツバサは隣に並んで待った。しばらくすると、バスから全員が出てきて、人数確認をしたのち、列は動き出した。
列は施設に入り、エントランスにて止まった。職員の話が聞けるよう、職員を囲うように並ぶ。
施設のエントランスは病院のような風体だった。受付が扉から入って右奥にあり、一般受付、面会受付などで分かれている。受付の前には椅子が沢山並ぶ。正面奥は、左右二つに通路がある。片方の通路へ行く道の壁には、たいようの子はこちら! と張り紙が張られている。職員は、正面奥のホワイトボードに貼られた名前と番号が書かれた紙を指さした。
「たいようの子たちはねー、今から、それぞれ『おうち』っていう、みんなが住む場所に行ってもらいます! ここからみんなのおなまえを探しておうちに行ってね! おうちにはみんなのセンパイのたいようの子がいるよ! その子にたいようについてを教えてもらってね!」
職員は、大きく片手を上げた。
「はい、いいですかー?」
利用者らは、頷いたり、首をかしげたりした。それを見かねたのか、職員は叫んだ。
「あー、たいようの子なら、『いいですかー?』って言われたら、『はーい!』って元気な声で言ってね? はい、いいですかー?」
「はーい!」
「はぁ?」
私と、他の何人かは職員に指定されたかけ声を言ったが、ツバサは呆れた声を出した。ツバサは腕を組んで、しきりに職員を見つめる。
「何か困ったら私のところに来てね! じゃあ解散!」
職員が言うなり、利用者の声で騒がしくなった。みなが一斉に掲示板の所に行ったせいで、その辺りはごったがえした。
「人がまばらになったら見に行きましょう」
「ああ……」ツバサは職員をまだ目で追う。
「どうしましたか?」
「いや? なんでもない」
「そうですか」ツバサがなんでもないと言うのならそうなのだろう。
張り紙に書かれた氏名と部屋番号をそれぞれ探すと、我々は同じ部屋だということがわかった。
ツバサは、あからさまに手を振り回して、もっと笑顔になって、寮へと歩く。これから私たちが暮らすことになる寮――おうちは、主たる建物から、少し離れた場所にあった。私たちは、看板と、利用者のまばらな列に従って、中庭を横切り、おうちの建物に入る。一階の廊下の突き当たりに、我々の部屋があった。
「ここに、もう誰かいるよな……ああ、ちょっと緊張してきた」
「そうですか? 開けます」
「えちょっとま……」
私は扉を開けた。一人の少女が、満面の笑みで迎えた。
「えーっと……こんにちは! この『おうち』の『おねえさん』の……朱木夏美。ナツミって呼んで!」
私たちはナツミに促され、部屋の中心にある和机に座った。部屋は8畳ほどの和室で、テレビや本棚、クローゼットがある。ものの配置だけ見れば一般的な旅館と変わらない。だが、所々で一般の旅館とは違うところがある。たとえば、天井や壁は、たいようマークの壁紙が装飾されているし、置かれているティッシュは、たいようのロゴがある。さらに、上座の壁紙には、絵がある。
ナツミは高校生くらいに見えた。少なくとも二次性徴は終わっていると思う。彼女はニコニコとしていた。逆にツバサは緊張した面持ちで、固まっている。
私は座布団に座るなり、机に置かれた個包装のせんべいを取って、食べた。バリバリと軽快な音が鳴る。
「えー? これ、食べていいのか?」ツバサは私の方を見ると眉をひそめた。
「あ……」彼に言われてようやく、来客用に置いてありそうな菓子を食べる時は断りを入れなければならないことを思い出した。私は口を動かすのを止めて、彼女を見る。食べていいかと訊きたかったが、何かを口に含みながら喋るのはよくないので、黙って彼女を見るしかない。
だが、彼女は怒っている様子はなかった。むしろ笑っていた。
「全然、遠慮しなくていいよ!」
「あ、そう? じゃあ、いただきます」
ツバサが食べ始めたから、私も安心して食べ続ける。
「そろそろ夕食だから、ほどほどにね」
「おっけー。……ってか、このせんべい美味しいな!」
「『たいようポイント』がたくさんあるから色々取り寄せできるんだよ?」
「たいよう――何?」
「ああ、ここのシステムのことは後で話すね。食べたら二人とも自己紹介して! あと、たいようの制服の着替えね!」
せんべいを食べ終わると私たちは簡単な自己紹介をした。ツバサは名前に加え、私にそうしたように、彼が好きな漫画を紹介した。ただ、少し手短に済ませたような気がした。それからたいようの制服に着替えをした。
着替えが終わると、まだ夕食には時間があるというので、ツバサとナツミは、他愛のないことを話し始めた。ツバサは緊張した感じが全くなくなっていて、自然に会話していた。 私は二人の会話を、部屋の構造を観察しながら聞き流す。扉付近には、投函物を入れるためのポストがある。一番奥がこの部屋だが、その手前には、トイレの個室がある。
少し経って、ナツミが時計を見ると立ち上がった。そろそろ18時になりそうだった。「さて、食堂に行こっか! このかぞくの『おねえさん』として、食堂やシステムのことを教えないとね!」
三人がそれぞれ部屋の鍵を持って、あとは手ぶらで部屋から出た。おうちから本館への連絡通路を渡る。
連絡通路は、寮の廊下よりも、色とりどりになっていて、目に眩しい。様々な利用者と思われる人が、食堂へ向かっていた。だいたいは4人か5人組で、3人の部屋は珍しいようだった。
食堂へ入ると、入り口付近に利用者であろう人が一人、立っていた。尋常でない様子である。彼は質量感のある大きな看板を首から下げ、両手と両足を縛られていて、身動きが取れない様子だった。首と手足首の周りが、赤くなっている。彼はずっと震えていて、今にも泣き出しそうだ。だが、他の人は彼を一瞥するだけで、彼を避けて食堂へと進んでいる。それか、そもそも人が多いから見えていない。私は話すのに夢中になって先へと進んでいるナツミやツバサや、他の者らを、横目で見ながら、彼の前で立ち止まり、看板の文字を読んだ。
『私は人を殴りました。私は衝動を制御できない虫未満の存在です。罰:夕食抜き 餌を与えないでください』
私は看板の意味することを考えるために、しばらく彼の様子を見た。彼は私が観察している事を認めると、涙をたたえながら目を細める。身体を震わせ、それから俯いた。ネームプレートには『2043 ケイ』と書かれている。彼を示す番号と、名前のカナ表示である。
考えていると、私と同じくらいの身長のある職員が歩いてきて、朗らかに笑った。
「おいおい立ち止まるな、見世物じゃないんだから」
「見世物でなければ、彼は何のためにここにいるのですか?」
「見たら分かるだろ、こいつは人を殴ったから罰を受けているんだ。食堂に置いておくことで、食欲と衝動性とを戦わせてるんだ」
私は納得し、頷いた。私は彼から離れ、ナツミたちの元へ行く。ナツミらは食堂の席に座っている。彼らの元へ来ると、ナツミは既に料理を二人ぶん貰っていたらしく、私の席の前にも料理が置かれていた。
「コウ、何かあったの?」
「あの人を見ていました」私はケイに指をさした。
「ああ、あの子……」
ナツミは彼を哀れむような繊細な声で言う。「よく違反を起こしてる子として有名なの。いつもああいう罰を受けて痛い目見てるっていうのに、全然直さないんだよね」
「ここでは何か違反をすると、あのようになるのですか?」
「うん、重大な違反とかは。一回経験したら、もうあんな風にはなりたくない! って思うから、普通は何度も違反を起こすことはないんだけどね」
ナツミはため息をついて、彼をにらんだ。
「本当に、アレはできない子だよ」
「なるほど。特定の人物を見せしめにすることで、他の利用者をおびえさせ、違反を少なくしているのですか」
私が言うと、ナツミは私の服の裾を掴んだ。
「たいようを悪く言わないで!」
そう叫び、にらむ。私は発言が正当であると弁明しなければいけない。
「たいようを悪いとは言っていません。この施設に少しでも早く適応するため、特徴を言語化しているだけです。さらに、このような見せしめは、社会でもよく使われる手法です。たとえば、最近では、承諾を得た確定死刑囚を臓器提供者にする法律が施行されました」
「おいおい、なんの話だー? 早く飯にしよう? 俺さ、飯食べたくてウズウズしてきた!」
ツバサは大げさに手をたたいた。私はハッとして、頷いた。こういう時には、もう何も喋らないようにするのが良い。
「ここの所長さんが来てからご飯にするんだよ。そろそろ来るかな……あっ、噂をすれば」
懲罰を受けている彼がいない方の扉から、恰幅のいい中年の男性が入ってきた。彼は笑みをたたえている。目元の皺も、普段からよく笑みを浮かべたような形をしている。彼は食堂の前の、演説台のような所に立つ。マイクを手に取った。
「さて、私はこの『たいよう』の所長である、黒崎 敬一郎と申します。新しく来てくれた、たいようの子たち。よろしくね」
「よろしくー!」利用者の中でも年少の者が声をあげる。
「ここのルールなどは、『おにいさん』『おねえさん』から詳しく聞いてね。生活は、かぞく単位で物事を進めるよう、心がけてください。……さーて、こんなおじさんのお話聞いてても面白くないから、さっそくいただきますしちゃいましょうか。私が手を合わせていただきますって言ったら、みんなもいただきますって言ってね。お食事たちに感謝を込めるんだよ」
所長は手を合わせた。
「さて、今、この食堂に座っているいい子たち。おててを合わせてー?」
彼が言うと、他の人が手を合わせた。私も手を合わせる。
「いただきます!」
所長と利用者らはそう言って、食事を食べ始めた。
「うーん、すごいウマい!」ツバサは食糧を口に入れると、恍惚とした笑みを浮かべた。私も食べることにした。ミールから口に入れる。数年前、にわかに台頭した人工肉の味がする。豚肉に近い味だが、見た目は厚切りのステーキである。噛むと肉汁が口の中でとろけ、じんわりと舌に響く。主菜、副菜、主食の順で、正確に三角食べをしていくことにする。
「そう、本当に美味しいんだよ」
「無限に食えるじゃん!」
「そうそう、無限に食ったほうがいいよ! あと、おかわりも! 『たいようポイント』が手に入れられるからね」
「たいようポイントってのは何だ?」
「ああ、今から説明するね。たいようポイントっていうのは、ここの規則を守ったら増えるポイント! 逆に、規則を破ると減っちゃうの。で、たいようポイントを一定値まで貯めたら、色々特典が貰えたり、ここを『卒業』できるのよ!」
副菜のサラダは、生野菜が中心で、それぞれの机の中心に置かれているドレッシングをかけて食べる。だが、ドレッシングの口が普段使うものと違っていたので、かけ過ぎてしまった。野菜の味があまり感じられない。
「ふーん。とりあえず、そのポイントを貯めるのを目標にすればいいのか?」
白米を食べ、味噌汁も飲む。暖かいものが喉を通る。
「うん。規則に関してはその都度教えていくとして……とりあえず、沢山ご飯を食べたらたいようポイントが上がるから、いっぱい食べよう!」
「おっけ!」
それから、彼らはまた他愛のない話をし始めた。私は三角食べのサイクルを続ける。
しばらくして、プレートの内容物を全て消費した。私は新たな食糧を取りに行くために、立ち上がる。
「めちゃめちゃ食べるのに集中してたな。最初らへんの話聞いてたか?」
「音は聞こえてきました」
「聞いてないってことじゃん!」ツバサは笑いながら言った。
「規則を守ればいいということですか?」
「まぁそういうこと。あと、ご飯をいっぱい食べたり、他の人のお手伝いとかをすればいいんだよ」おかわりはあっち。ナツミは演説台の左、職員が何人か食事を構えているところを指さした。
「では、今から『ご飯をいっぱい食べたり』します」
私はナツミが提示した場所に行き、職員から食事を一人ぶん貰う。席に戻ろうと歩くと、声を掛けられた。
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