ぐるりぐるりぐるり

って、お前、いつ気付いた?」


 思わず息を呑む。冗談でこんなことを言う奴じゃない。


「やっぱり、そうなのか、悪夢とかじゃなくて」

「そうだよ。お前は確かに死んだ。今回は本当に最悪だった。誰だよあいつ、いきなり出て来やがって」

「今回って、なに、これ何回も繰り返してたりする?」


 俺が頭の上にいくつもクエスチョンマークを浮かべながら言うと、英人は大きな大きな溜息をつきながらその場にへなへなとしゃがみこんだ。


「ああ、そうか。今回急に気付いたんだな、お前は」

「俺は、って、英人はこれ何回目なの」

「……さぁな。数えてない」


 英人は吐き捨てるように言った。


「気づいてるなら話は早い。頼みがあるんだ」


 俺は突然、英人に胸ぐらを掴まれた。こんなに必死な顔は、これまで見たことが無い。


「オレを、もう二度と、庇わないでくれ」


 それは懇願だった。長い髪の隙間からのぞく瞳はいつも以上に黒々として、疲れ切っているようにも見えた。


「庇うなって言われても……そうするしかなければ庇うんじゃないかな」

「だからそれを止めろ、って言ってる!」


 俺のTシャツを掴んだまま、英人は俺の前に両膝を着いていた。俯いて「頼むから」と言うその声は、震えている。


「お前が何度死んだかなんて数えていられるかよ。だけどいつだってお前は、オレを庇って死ぬんだ。それを何度も何度も何度も何度も見せられたオレの気持ちが、お前にわかるか」


 それから英人は、繰り返す土曜日の話をぽつりぽつりと話し始めた。

 最初は、英人がビルから飛び降りようとしたらしい。それを聞いただけでも血の気が引いたが、その時の俺は英人の元に駆け付けて、説得を試みたという。しかし交渉は決裂、屋上の縁で攻防の末、英人を押し戻す代わりに俺が落ちたのだとか。情けないんだか誇らしいんだかわからない最期だ。

 けれど英人はそれを認めなかった。こんな終わり方をしてたまるかと否定した結果、どういう訳かこのループが始まったらしい。

 ひとまず英人は自殺をやめた。しかし家にいれば火事になり、それを助けに入った俺が死ぬ。宛もなく外に出れば車が衝突してきて、居合わせた俺がそこを庇って死ぬ。そんな日ばかりを繰り返していたという。


「挙句がこの間のナイフ男だ。埼京線で、とりあえず東京から出てみようとしたらやっぱりお前が来るし、新キャラとか要らないし、案の定お前は刺されるし、ほんと、今までで一番ムカついた」


 だいぶやられているな、とその擦り切れたような声音で思う。逆の立場だったなら、俺も相当おかしくなっていただろう。英人が死ぬところを見るなんて、一度だって御免だ。これまでの俺も、きっとそう考えたに違いない。


「これは呪いだ。俺が死のうとしたせいか知らないが、俺かお前のどちらかはきっと死ななきゃならない。それなら死ぬのは、オレが良いに決まってる。だからオレが死ぬまでこの土曜日はループするんだ」

「どうかな、俺の願いかもしれない」


 俺が言うと、英人は「は?」とものすごい形相で睨んできた。だけど俺は、英人の何かをほんの少し掴めた気がして、微笑みを返した。


「俺のことはどうだっていいんだ。そりゃあできれば死にたくはないけど。でもそれ以上に英人には、生きていてほしいんだよ」

「なんでオレなんかに。お前が生きるほうが世のためだろう」

「世のためとかじゃなくて、俺のために」

「オレだってお前に死んでほしくなんかない!」


 英人が叫ぶ。

 嗚呼、良かった。俺はまだそんな風に思われているんだ。


「うん、だからたぶん、どっちかが諦めるまで続くんだよ、この土曜日は」


 俺がそう言った瞬間、足元から空間が、家が、ぐらぐらと揺れた。地震だ。それも大きい。


「嘘だろ、こんな……」


 呆然とする英人を、俺の勉強机の下に押し込む。こいつが守りきれるのは、男子高校生一人が限界だろう。


「和希、お前も!」


 英人が叫ぶが、他の部屋にまだ安全な場所があるかもしれない。


「これで死ぬって決まったわけじゃないさ」


 そう言って部屋を出た俺の足元が抜け、天井からその欠片が降ってくる。


「お前って……ほんと馬鹿……!」


 部屋の中から、英人のそんな声が聞こえた。

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