#6

「そうですか。ご冥福をお祈りします」

「ええ」

 渦巻き町三丁目にある喫茶店。窓の外には燃え滓となった時計塔が見える。それよりも黒い珈琲を飲みながら、私は名前や彼女が「人形」であることこそ伏せたものの、探偵に篝の顛末を語った。

「貴方が殺したんですね」

「そう頼まれましたから」

「それを私に言っても良かったのですか」

「まあ」

 これは正確には殺人ではない。器物破損だ。だから言った。

 放火を知られている以上、今更余罪が一つ増えたところで大した変わりはない。

「で、本題は何でしょうか。まさかそれを伝える為にわざわざ私を呼び出した訳じゃないでしょう」

 探偵は紅茶をかたんと置くと、単刀直入に切り出した。余り前置きを好むタイプではないらしい。探偵らしいのか、探偵らしくないのか。

「探偵さんにお願いされた件ですよ」

 新しく作品を作ってください。

 紙燭の顔付きが変わった。探偵から一人の人間として。

「まさか完成したんですか!」

「完成はまだです。でも、もう直ぐです」

「やった、ありがとうございます先生。でも、それなら電話でも間に合ったのでは?」

「記録に遺したくないんですよ」

「あぁ、なるほど」

 盗聴される可能性だってある。念には念を入れるべきだ。

「もしかしたら放火したものを『作品』と言い張るのかなと思ってました」

「そんな恥知らずなことしませんよ」

「ですよね、失礼しました」

 建築物だって誰かの作品である。他人の作品を燃やしてそれを自らの作品だと謳う程、私は落ちぶれていない。他人の作品には敬意を持って接するべきである。最大限の愛を以てして接さない限り、それは冒涜である。

なんて、そんなのは今だから言えることだ。本当はそのつもりだった。恥ずかしいから絶対に言わないけれど。

「その作品、ちゃんと見せてくださいね」

「当たり前です」

「でもあれですよ? 別に私に寄越す必要はありませんからね」

「え、あ。そうなんですか?」

「ええ。その方が多分、作品だって嬉しいでしょうから」

 きっと紙燭に他意はなかったのだろう。けれどその言動は、私にしてみれば見透かされているような感覚があって、篝のあのすれからした亜麻色の目を思い出した。

 私は目線を外して、ぼーっと外を見た。

 燃え滓の時計塔。何処までも澄み渡る空。

 その姿がどう見えたのか判らないが、紙燭は不安そうに訊いてきた。

「あの、念押しで確認するんですが、大丈夫ですよね? 逃げないでくださいよ」

「大丈夫ですよ。何せ、『相棒』が最後に火を付けたのは、時計塔なんかじゃなく、私の情熱ですから」

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