#5
恥の多い生涯を送ってきました。
そんな書き出しから始まってもおかしくない篝の生涯は、「人形」として失格していた。
篝は普通の「人形」と同じように一般的な家庭に引き取られた。娘一人の三人家族で、家庭環境は至って健全――誰かが知れば刺される程に、幸せな毎日だったと言う。
歯車が狂ったのは、奇しくも私が時計の歯車を狂わせた頃と同時期である。
その一人娘が亡くなった。遺されたのは夫婦と「人形」。篝が「篝」と呼ばれるようになったのは、この頃からである。夫婦は「人形」に亡くした娘の面影を重ねて――いや、そんな甘いものではない――亡き娘そのものとして接した。それは例えば面と向かって「娘として振る舞ってくれ」と言った訳ではない。ただ、そういう空気だったのである。篝は「篝ちゃん」として振る舞わない限りは居ないものとして扱われた。そんなものはもう、存在否定も同義であった。
篝の中には「篝ちゃん」の人格と、かつての幸せな日々で育った「自分」の人格が混在している状態であった。その矛盾、撞着、葛藤が少しずつ少しずつ、しかし確かに彼女を蝕んでいった。
気付かないうちにじわじわ毒に侵されていく。孤独というよりも蠱毒である。実際この時から彼女は悪夢を見るようになったと言う。「人形」も夢を見るらしい。
それは長閑な平原である。幸せな三人家族が遊んでいる。しかし周りの木々が段々と形を変えて十字架になる。娘がそこに吊されて血が垂れる。その血を両親が乞食のように啜って、その口に含んだ血を、篝へと親鳥のように口移しする。
そこでいつも目が覚める。飛び起きる。
明らかに限界であった。
だから篝は死ぬことにした。
「人形」が壊れた場合も人間と同じように弔いが行われるが、少々やり方が異なる。「人形」の場合は燃やさずに、部品を再利用して別のからくりへと作り変え、それを形見として遺族が大切に保管するのである。人間で言えばそれは遺骨のようなもので、違うのは四十九日の制約が無いことである。
そんな背景があるために、篝の選べる自殺は跡形も無くなる焼身自殺のみであった。転生しても尚その家族の下にあるだなんて、それはもう篝にとっては呪縛である。それを回避する為には、自分を文字通りの塵にする必要があった。
燃やしても問題無さそうな空き家を見繕って、そこで自殺を図った。
しかし直前になって彼女は急に恐ろしくなって、命からがら逃げ出した。顔に火傷を負って、家と呼べるのか判らぬ家へと帰った。絶望した。同時に自分が情けなかった。「生きたい」と思っていることが、恥ずかしかった。この火傷が功を奏すことになるとは微塵も思っていなかった。
人生、一体何が役に立つのか判らない――篝は「篝ちゃん」ではなくなったのである。どうやらその火傷のお陰で、夫婦は篝を「娘」と重ねることが出来なくなったらしく――その複雑な心中を推し量るのは難しい――篝は家を追い出されたのであった。
こうして、篝の放浪の日々が始まる。
まず幾ら「人形」であっても暮らすにはお金が必要である。お金の為には労働が必要である。労働の為には人間でなければならない――正確には、「人形」であっても労働は出来るのだが、しかしその場合、給料が発生しない。故に篝が生きる為には自らを人間と偽る必要があった。篝のどうしようもない人間臭さはこうして培われた。
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