第15話 信仰心

「なんか、ここに変なの置いてある」


「これは……たしか、ミーティヤ像だったかしら。こんな所に放置して、罰当たりなものね。せっかくだし、綺麗にしていきましょうか」


 朝の日差しが、微かにこぼれる薄暗い森の中。

 これから、いざ出発というタイミングで、苔に覆われた神像が双子の目に止まった。


 ラミスが、首をかしげて尋ねる。


「クレナちゃんって結構、信心深いんだね。昔からそうだっけ?」


「意識するようになったのは最近よ。騎士学校の座学で、宗教について習ったのがきっかけね。別に特定の宗教に肩入れしてるわけじゃないけど、こうやって道端に打ち捨てられてるのを見ると、最近なんとなく放っておけない気分になっちゃって」


「ふうん、何か良いことあるといいね」


「別に見返りなんて求めてないわ。……まあ、くれるってんなら拒みはしないけど」


 双子は、幌馬車からたわしを持ってきて、ミーティヤ像をゴシゴシ擦る。

 膝の高さ程のひかえめな像は、数分もすれば元の姿を現した。


「苔を落としたら、えらくこざっぱりした女の人の顔が出てきたね。ミーティヤ様って、どういう神様なの?」


「たしか、旅の安全を約束してくれる女神様だったはずよ。あたしたちに、うってつけね」


 クレナは、ミーティヤ像の頭を軽くなでて続けた。


「ついでだし、何かお供えしていこうかしら」


「けど、私たちに食べ物を供える余裕なんてないよ?」


「珈琲があるじゃない。一杯淹れて、置いていきましょう」


 双子は再び馬車へ戻り準備を行った。

 古くなったカップを一つ選び、珈琲を注ぐ。


 ついでに、近くから適当な花を摘んできて像の前に並べた。

 クレナはニッコリと微笑んで口を開く。


「うん、完璧だわ」


「花と珈琲の組み合わせが、お洒落だね。きっと、これで私たちの旅も安泰だよ」






 翌日、双子は小さな集落に立ち寄った。

 そこは、偶然にも多数のミーティヤ教徒が暮らしている土地。


 クレナは地元の老人との雑談の中で、昨日の善行について自慢した。

 すると、途中まで穏やかに話を聞いていた老人が、急に顔面蒼白になって叫ぶ。


「なんと、像を綺麗にした上に、お供え物に珈琲を!?」


「まあね。あたし、根っからの騎士だから」


 そう言いながら、胸を張るクレナに、老人は顔を紅潮させて絶叫した。


「ええい、罰当たりな! ミーティヤ様は、ご自分の顔に自信を持っていない神様なのじゃぞ! 苔を毟り、すっぴんを太陽の下に晒すなど御法度! それに、『珈琲は苦くて嫌い』と書物にも記されておる! まったく、なんてことをしてくれたのじゃ!!」


 まくし立てる老人に、面食らったまま動けないクレナ。

 ラミスは服のすそをギュッと握りしめ、低い声で呟いた。


「私、ここまで一方的に、老人から怒鳴りつけられたの初めてだよ」


 ラミスは額に手を当て深呼吸した後、普段の声色でクレナに聞いた。


「だいたい、クレナちゃんは本当に宗教の勉強したの? こんなピンポイントで、タブーを踏み抜きまくることある?」


「……うっさいわね。宗教なんて気持ちが籠もってれば、それでいいじゃない」


 この日、女神ミーティヤは双子の中で最も信用の置けない神の座を得ることとなった。

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