第14話 怒りのユニコーン
その日、まだ昼にも関わらず、双子は幌馬車の二階で仰向けに転がっていた。
とはいえ、移動を中断しているわけではない。
ユニコーンが、独断で幌馬車を引っ張っているのだ。
ラミスが虚空を見つめながら呟く。
「ユニさんって凄いよね」
「そうね、あたしたちの手に余るくらい素晴らしい存在だわ」
腕を組みながら白々しく返事をするクレナに、ラミスが言い足した。
「顔も良いよね」
「人に置き換えたら、高身長イケメンに違いないでしょうね」
「きっと、モテモテだろうね」
「あーあ、ユニさんが人だったら良かったのに」
「仮に人でも、クレナちゃんじゃ相手にすらされないよ。もっと、綺麗で、優雅で、お金持ちなレディじゃないと釣り合わない」
すると、ユニコーンの足取りが、それまでと比べ少し軽やかなものに変わった。
クレナは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸してから、ラミスに問いかける。
「ところで、ユニさんの様子はどう?」
クレナの言葉を聞いて、ラミスは体勢をうつ伏せへ変えた。
幌の隙間から片目で外を覗きながら、状況を伝える。
「今、分かれ道を右に曲がったよ。どうやら、山の中に入っていくみたい」
「そう……。いや、それにしても賢いわね。普通の馬なら、自分でルートを考えて進むなんて、できっこないもの」
「そこら辺の馬なら、とっくに道から逸れて酷いことになってるよ」
「きっと、馬車を壊したらいけないってことを理解しての行動なんでしょうね」
クレナは顎に手を当てて何回か頷いた後、思い出したように続けた。
「あの子、たまにハーネス噛みちぎって勝手に歩き回ることあるじゃない。それ自体、普通の馬の基準でいえば意味不明なんだけど……ただ、その後ちゃんと戻ってくるのよね」
「あの行動、逃げたいのか逃げたくないのか、よく分かんないよね」
「もしかして、あたしたちより賢いんじゃない? ていうか、中に人が入ってる可能性すら疑うわ」
「気付いてないだけで、実は私たちの方が飼われてたりね。全然あるよ、それ」
その時、ユニコーンの足取りが再び変化した。
何か探るような、重く険しい足取りである。
「な、なんだか慌ただしくなってきたわね。ユニさん、どうしちゃったのかしら?」
「どうも、前方から武器を持った人が近寄ってきてるみたい。たぶん、この辺を縄張りにしてる山賊じゃないかな」
ラミスが外の状況について説明すると、クレナは苦笑いを浮かべながら言った。
「山賊もツイてないわね。よりによって、このタイミングでユニさんに喧嘩を売るなんて」
山賊たちは一斉に雄たけびをあげ、幌馬車との距離を詰める。
ユニコーンは、それに応えるように甲高く鳴くと、ハーネスを噛みちぎり一団へ向かって突進していった。
ラミスはパタパタと足を動かしながら声をあげる。
「ユニさんが、矢の雨の中をかいくぐってる」
「まあ、賊の矢ごときで仕留められる相手ではないものね。あたしですら、剣をかすめるのがやっとだし」
「……山賊が宙を舞ってる」
「蹴り上げられたのか、角で引っ掛けられたのか。なんにせよ、あとは時間の問題ね」
「……山賊がバラバラになって逃げ始めたよ」
「蜘蛛の子を散らすようとは、このことね。お気の毒に」
「……ユニさんが、天高く角を突き上げたよ」
「早くも勝利宣言がきたわね。出会ってから十分も経ってないんじゃない?」
無表情で話すクレナと対照的に、ラミスは小刻みに身体を揺すりながら実況を続ける。
「今度は、大きな家から、ボスらしき男の人が出てきたよ。でっかい斧を担いでる」
「アツい展開ね。一矢報いることは、できるかしら」
「けど、あっけなく倒されちゃった。ユニさんに蹴って遊ばれてる」
「早いわね。この一瞬で、何が起こったのよ」
「……あっ、角でツンツン突いて遊び始めた。平気かな? あんな所、突いて汚くないのかな?」
「一体、どこを突いてんのよ。とてつもなく酷い絵面になってない? 大丈夫?」
「……えっ? そんな所まで、突いちゃうの? そこは、いくらなんでも品性を疑うよ、ユニさん」
「だから、どこ突いてんのよ。品性を疑うような箇所を突く存在と、今後どう付き合っていけばいいわけ?」
クレナは眉間にシワを寄せながら、深くため息を吐いた。
しばらくして、幌馬車の外に静寂が戻った。
ラミスは、スッと起き上がると、クレナに手を差し出しながら優しい声色で語りかける。
「色々あったけど、ユニさんもいいストレス解消になったんじゃないかな? クレナちゃん、そろそろ出よ?」
ラミスに手を引かれる形で、二人は幌馬車の外へ。
クレナはラミスの背中に隠れながら、ユニコーンに叫ぶ。
「ひ、ひひひ久しぶりね! ご、機嫌はいかがかしら!?」
けれど、ユニコーンは震えるクレナの前を横切ってラミスの元へ。
つぶらな瞳で、人懐っこく頭を擦りつける。
肝心のクレナが手を近づけると、耳を千切れんばかりに絞って目を剥いた。
クレナは目にうっすらと涙を浮かべながら、震えた声で怒鳴りつける。
「あ、あんたってば、いい加減にしなさいよ! 何よ、積み荷の入れ替えのために、期限の過ぎたニンジン食べさせたことをまだ怒ってるの!? それとも、客寄せのために一発ギャグを無茶振りしたこと!? まさか、街に入ってすぐの写真の件を、いつまでも根に持ってるわけじゃないだろうし……」
「それだけ疑惑があれば、もはや原因を明らかにする必要性なんかないよね」
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