第13話 取引

 この世界において、馬車置き場はただの空き地ではない。

 街によって規模に差はあるものの、基本的にいくつかの露天が並び、近くにはテーブルやベンチなども設置されている。


 そして、その場にいるのは多くが旅商人。

 本来の休憩目的で使用している者とは別に、取引や情報交換といった交流の場として活用している者も少なくなかった。


 とある晴れた日の朝、父親と幼い娘が馬車置き場のベンチに腰掛け、ソフトクリームを食べていた。

 娘は口のまわりをクリームで汚しながら、無邪気な笑顔で言う。


「お父さん、この街でもガッポリだったね!」


「そうだな。この調子なら自分たちの店を持つのも、そう遠くはないぞ。故郷で待つ母さんのためにも、もっと稼がないとな」


「そうだね! ガッポリガッポリ!」


「お前は、本当にその言葉が好きだな。まあ、俺から商人根性を受け継いだと考えれば、嬉しい話だが」


 なんとも、微笑ましい光景……しかし、それを少し離れたパラソル付きテーブルの影の中から、冷めた目で見つめる双子がいた。




 ――そう、クレナとラミスである。




 街での商売を終了した双子は、この日の早朝から補給を行い、軽食を食べ終わり次第、出発する予定だった。

 ラミスは、親子を目で追いながら口を開く。


「見て、クレナちゃん。ちっちゃい金の亡者が歩いてる。可愛いね」


「あんた、絶対に可愛いだなんて思ってないでしょ。他所の子ども相手に、そんなゲスな言い方するもんじゃないわよ」


 冷めた口調で注意するクレナに、ラミスが問いかける。


「ねえ、あの子に頼み込んだら、儲ける方法とか教えてもらえないかな?」


「今度は急にプライドのないことを言い出したわね。尋ねるなら、せめて隣りにいるお父さんの方じゃない?」


「大人じゃダメだよ。きっと、そう簡単に教えてくれない。娘の方なら菓子の一つや二つ渡せばすぐゲロってくれるに違いないよ」


「すべてにおいて一々、ゲスいのよ……って、ちょっとどうすんの。ガン見しながら話してたせいで、あの親子こっちに近付いてきたわよ」


 父親は、娘の手を引きながらムッとした顔で双子に歩み寄ってきた。


「何か、ご用かな?」


 周囲の人々が、何事かと息をひそめる。

 クレナは静かに立ち上がると、浅くお辞儀して答えた。


「ごめんなさい。小さい子どもの声で面白い単語が聞こえてきたから、つい目を向けてしまったわ」


「なんだ、あれのせいでしたか。ただの子どもの口癖だと思って、深く考えていませんでしたが……そうですよね。周りから聞けば、たしかに耳に残る。所持金に関する情報なわけですし、今後は外で口にしないよう、しっかりと注意しておきます」


「いやいや、あたしたちが旅商人をやってるから、たまたま耳についただけよ。娘さんを、あまり叱らないであげてちょうだい」


 そう言って、クレナは小さく頷いた。

 すると、それまで不思議そうに双子を眺めているだけだった娘が、途端に目を輝かせる。


「お姉さんたちも、旅商人なの!? じゃあさじゃあさ、わたしと取引しようよ! あっ、お父さんとじゃなくて、わたしとだよ! わたしと、お姉さんたちとの取引だからね!」


「お父さんが許してくれるなら、あたしたちは別に構わないわよ。ジロジロ見ちゃったし、お詫びも兼ねて何か買うわ。とはいえ、こっちはあんまりお金を持ってないから、ガッポリは期待しないでね」


 クレナが告げると、娘は大きく頷き、父親の手を引いて少し離れた場所へ移動した。

 親子が相談を始めたのをしっかり確認してから、クレナはラミスの耳元でささやく。


「どうにか、不審者に思われなくて済んだみたいね」


「けど、クレナちゃん? 取引って、どうするの? 補給で、お金は使っちゃったし手元には、お小遣い程度しか残ってないよ?」


「あたしに良い作戦があるから、心配しなくて大丈夫よ。とりあえず、あんたは焙煎済みの珈琲豆を取ってきなさい。できるだけ、面白い効果の奴をね」


 クレナが説明すると、ラミスは小走りで幌馬車へ向かった。

 ラミスは、しばらく荷物を漁った後、小袋いっぱいに詰まった珈琲豆を抱えて戻ってきた。


「取ってきたよ。そっちの作戦は上手くいった?」


「ええ、あんたが豆を取りに行ってる間に、物々交換に持ち込んだわ。子どもらしからぬ形相で金銭を交えた売買を希望してきたけど、向こうのお父さんになだめてもらったら、なんとか引き下がってくれたわ」


「商人の子どもって怖い……」


 顔を引きつらせながら話し合う双子に、娘は急かすように告げた。


「じゃあ、クレナちゃんたちが先に出してね! わたしは、もうあげるもの決めてあるから!」


「了解。それじゃあ、あたしたちは、この珈琲豆を提示するわ。言っておくけど、ただの珈琲豆じゃないわよ。飲めばビックリ魔法の珈琲豆なんだから」


「おおっ! 魔法の珈琲豆!」


「どう? ウチはカフェだから、こういうのもあるのよ。さて、これだけの珍しい物を前に、そっちは一体何を差し出してくれるかしら?」


「えっと、わたしはこれ!」


 そう言って、娘は自身の手の平に収まる程度の小さな麻袋を差し出しながら続けた。


「どーん! はい、どうぞ!」


「あら、良い香りのする袋ね。中身は何?」


「えっとね、魔法の茶葉!」


「えらく、似通ったジャンルの物を出してきたわね。これじゃあ、自信満々に珍しい物って取り出した、ウチの豆の立場が弱くなるじゃない」


「この量で、銀貨十五枚分くらいの価値があるから、大事に飲んでね!」


「しかも、圧倒的に向こうの方が格上だわ。なんか、試合で勝って勝負に負けたみたいな後味の悪さね」






 その後、予定通り街を出発した双子。

 順調に幌馬車を走らせ、暗くなる頃には、すっかり街が見えない所まで来ていた。

 ラミスは貰った茶葉に鼻を近付けながら、クレナに語りかける。


「そういえば、お互いにどういった効果が現れる物なのか、説明せずに別れちゃったね」


「言われてみればそうね。あたしたちは、淹れると紅茶の味がするヘンテコな珈琲豆をあげたわけだけど、向こうがくれた茶葉はどんな物なのかしら」


「今晩、食後に飲んでみよっか」


 双子は、早めに晩ごはんを食べ終え、貰った茶葉で紅茶を淹れた。

 普段、あまり使わない陶器のティーカップに注ぎ、期待に胸を膨らませながら口をつける。


 しかし、双子は共に一口飲んだ瞬間、動きを止めた。


「……よりによって、珈琲の味がする茶葉とはね」


 ラミスは改めてティーカップに口をつけると、顔をしかめて言い足した。


「まったく、葉っぱで珈琲を淹れるなんて邪道だよ」


「たぶん、相手も同じこと考えてると思うわよ」


「しかも、私が淹れた珈琲より美味しいなんて、どうかしてる」


「もうやめましょう。虚しいだけよ」


 双子にとって初めてとなる商人同士の取引は、利益こそ出たものの複雑な感情を抱く結果に終わった。

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