第12話 流行

 ユニコーンのカフェは大通りに移動して営業を続けていた。

 ラミスがせっせと珈琲を淹れ、クレナが来客を手際よく捌く。


 二人とも慣れない仕事ながら、大きなミスをすることなく役割をこなしていた。

 初出店から数日が経った、ある夕暮れ時。


 カフェの前に立つクレナの元へ,ウィンベラが訪ねてきた。


「あら、先生じゃない」


「やっほ〜、ちょっとぶりだね。調子はどう?」


 そう尋ねながら、朗らかに笑うウィンベラに、クレナが首を横に振って答えた。


「絶好調……って言いたいところだけど、全然ダメね。最初は飛ぶように売れてたのに、ここ数日は、ずっと前日の半分以下が続いてるわ」


「そっか〜……。いや、実はアタシも評判のカフェがあるって聞いて訪ねてきたんだけどね? いざ、お店に来てみたら、なんだか寂しい感じだな〜って」


 大通りは帰宅ラッシュの人混みで溢れていた。

 老若男女問わず出歩いているにも関わらず、カフェには不思議なほど誰も立ち寄らない。


「ところで、わざわざ寄ってくれたってことは、珈琲飲んでいってくれるのよね? ついでだし、感想を教えてもらえないかしら?」


 クレナは、ラミスから受け取ったカップを差し出して言った。

 中を満たすのは、初日と変わらず上品な香りを漂わせる珈琲。


 見た目で注目を集めるタイプではないものの、その分、人を敬遠させる要素もない。

 ウィンベラは受け取ったカップに口をつけることなく、じっくり観察してから尋ねる。


「見た感じは普通だけど、なんだか変わった気配を感じるね。これ、普通の珈琲じゃないよね?」


「ウチの看板商品、日替わり魔法ブレンドよ。簡単に言えば、珈琲を飲みたい欲が人から人へ伝染していく珈琲ね。ちなみに、日替わりと言いつつ、実は毎日同じ珈琲を売ってるのは一種の販売テクニックだから、内緒にしておいてちょうだい」


「中々、姑息な商売してるね。というか、珈琲自体は大丈夫なの? もし、悪影響があるようなモノなら、元先生として見過ごせないよ?」


「苦情があれば、姉へお願いするわ。あたしは売り子なだけだから、詳しいことは知らないの」


「そういう責任回避の仕方は、いつか後ろから刺されるよ? けどまあ、ラミスちゃん監修なら心配いらないかな。ではでは、いただきま〜す」


 そう言って、ウィンベラはようやくカップを口へ運んだ。

 彼女はチビチビと味わいながら時折、首をかしげる。


 やがて、珈琲を飲み終えると、カップの底を見つめながら口を開いた。


「ごちそうさま〜。うん、美味しかったよ。けど、この街って珈琲を出す店が多いみたいだから、ちょっと厳しいかもね」


「あれ? この街って、そんなにカフェあったかしら? むしろ、少ない方かと思ってたけど……」


「そうなの? アタシは昨日、ここに来たばかりだけど、あちこちで珈琲の香りがしてたから激戦区なのかと思ってたよ」


 ウィンベラの言葉を聞いて、クレナは首をかしげながら辺りを見回した。




 ――そこで、ある異変に気が付いた。




 大通り沿いに面した店のほとんどが珈琲の文字や、それを示したマークを掲げている。

 クレナはラミスと目を合わせ、力なく呟いた。


「なるほど、珈琲ブームが起きちゃってたのね。自分たちのことに手一杯で、他所の店を見る余裕もなかったわ。これだけ競争相手がいたら、そりゃ売れないわよね……この街は、ここらが潮時かしら」


 ユニコーンのカフェで提供された珈琲の効果は、決して双子の珈琲のみを求めるものではない。

 街の人々は各々の手段で珈琲を求め、その多くはこの動きに商機を見出した経営者たちの元へ流れていったのだった。

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