第11話 飲みたくなる珈琲

 その日の朝、静かな公園の一角で双子の幌馬車は「カフェ」になっていた。

 開かれた荷台の後部は折り畳み式の調理台へと姿を変え、必要な道具が並ぶ。


 ユニコーンの刺繍入りの揃いのエプロンを身に着け、クレナが店先、ラミスが調理台の前に立ったところで待望の開店を果たした。

 一人の女性が近付いてきて、クレナに声をかける。


「注文、いいですか?」


「いらっしゃいませ。初めてのお客さんだから、目一杯サービスするわよ」


 クレナが微笑むと、女性は幌馬車の隣に立ててあるメニュー黒板を眺めながら尋ねた。


「この『日替わり魔法ブレンド』って?」


「よくぞ聞いてくれたわ。魔法の珈琲豆から作るんだけど、飲めば面白い効果が現れるの。ウチのバリスタが特に気合を入れて作る珈琲だから、オススメよ」


 そう説明して、両手の指を組むクレナに、女性が追加で質問した。


「へえ、不思議ですね。どんな効果が現れるんですか?」


「今日の魔法ブレンドの効果は『珈琲を飲みたくなる』ね」


「……すみません。意味が分からないです。珈琲を飲んだら、また珈琲が飲みたくなるんですか?」


 女性が首をかしげると、クレナはうつむきがちに答えた。


「ごめんなさい。サプライズ感を味わえるように、あまり効果を詳しく話せないのよ。とりあえず、『あまりの美味しさに、思わずおかわりを注文してしまう』みたいな解釈しといてもらえるかしら」


「一応、尋ねておきますけど、怪しい物が入ってるんじゃないですよね?」


「たしかに、謎の移動販売が、こんな文言で魔法の珈琲を売ってたら警戒するわよね。うん、あたしでも薬物を疑うわ。けど、安心して? 身体に害は及ばないから」


「……すみません、信用できないです。お邪魔しました」


「ちょ、ちょっと待って! そうだ、実演するから! あたしが、目の前で同じ物を飲んでみせるから!」


 そう伝えて、クレナは幌馬車の後部へと小走りで向かった。

 諸々の調理器具を広げてスタンバイしているラミスに、二本指を突き立てる。


 少しの間を置いて、クレナはラミスから珈琲の注がれた木製のカップを二つ受け取ると、女性の胸の前へ差し出した。

 上品に立ち上る湯気と共に、優しい香りがふわりと漂う。


 女性は、片手で口元を隠しながら尋ねた。


「良い香り……。好きな方、選んでいいんですか?」


「ええ、もう片方をあたしが先に飲んでみせるわ」


「じゃあ、こっちで」


 女性は、自分から見て右側にあるカップをつまむように、そっと受け取った。

 クレナは、残った方のカップを両手で包み込むようにして持ち直し、半歩後ろへ下がる。


 わざとらしく香りを嗅いでから口をつけ……そして、呟いた。


「うん、美味しいわ。凄く……凄い美味しい。やっぱり、魔法ブレンドが一番ね。あー……美味しすぎて、二杯目が飲みたくなってきたわ」


「ずいぶん、わざとらしいですね。具体的に、どう美味しいんですか?」


「ぐ、具体的に? そうね、苦味とか深みとか……あと、喉越しがいいわ。一日の終わりに飲みたい感じね」


「なんか、ビールの感想みたいになってますけど……」


「ああもう、うるさいわね。いちいち、詰めてくるんじゃないわよ。ほら、身体に害がないことは確認できたでしょ? とりあえず、一口でも飲んでみなさいってば」


 クレナは身を乗り出して告げた。

 女性はカップを口へと運ぶと、次の瞬間、目を丸くして声を上げる。


「あっ、本当ですね。美味しい。二杯目が欲しくなる程か分からないけど、普通に美味しいです」


「でしょでしょ? ほら、約束通りサービスもしておくから。半額でいいわよ」


「いいんですか? ありがとうございます」


 そう礼を述べて、女性は財布から少しの銀貨を支払った。

 数分に渡って珈琲を堪能し、やがて中身のなくなったカップをクレナに返す。


 双子が礼を述べると、女性は名残惜しそうに幌馬車から離れていった。

 彼女の背中が見えなくなると同時、ラミスがクレナ元へ近付いてきて、ささやく。


「上手くいったね。一人でも飲んでもらえれば、後はこっちのものだよ。あの珈琲の正式な効果は『周りにいる人を無性に珈琲を飲みたい気分に誘導させる』だからね。さあ、クレナちゃん。これからは忙しくなるよ」

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