第10話 嫉妬
――ラミスが広場を散策していた、その頃。
クレナは路地裏にある人気のない店に立ち寄っていた。
「こういう者だけど……。新しいのは、入ってるかしら?」
クレナが一枚のカードを取り出すと、店主は静かに答えた。
「ウチを選ぶとは、中々に目の付け所がいい。奥へどうぞ。とびきりを用意してあります」
「……楽しみね」
二人は思わせぶりに頷きあうと、店の奥の真っ暗な部屋の中へ。
店主は明かりを灯し、部屋の一角にある布に覆われた物体の前に立った。
「さあ、ご覧ください」
そう言って、店主が布を取り払うと、そこに現れたのは天井の高さほどある巨大なショーケース。
中には、たくさんの女性の写真が行儀よく並べられていた。
クレナは写真をじっくりと観察しながら問いかける。
「良い品ぞろえね。見たことないのが混ざってるけど、最近入ったのかしら?」
「だいたい、二週間前になります。自慢になってしまいますが、この地方でウチ以上の囲い込みをしている店は他にないかと」
「それは、凄いわね。これだけの質を他所に取られる前になんて、随分と手間がかかったんじゃない?」
「ええ、まあ……しかし、それだけの価値はあります」
腕組みしながらニヤリと笑う店主に、クレナはショーケースの一点を指差して告げた。
「では、これを一つ貰おうかしら」
「ありがとうございます……と、言いたいところですが、少しお待ちを。あなたのような価値の分かるお客様に、ぜひ見ていただきたい物があります」
「ここに並んでいるのでさえ相当な上物ばかりなのに、さらに上があるっていうの?」
「はい」
こう言って、店主はショーケースの裏へ回った。
乱雑に積まれた梱包用の箱を動かすと、現れたのは黒光りする立派な金庫。
店主は、ポケットから取り出した鍵でそれを開け、中から水色の髪をした美しい女性の写真を一枚、取り出してささやいた。
「改めまして……こちら、千年に一度と称される美少女アイドル、シルティちゃんの最新ブロマイド。数量限定直筆サイン入りになります」
「シルティちゃんの数量限定直筆サイン入り最新ブロマイド!?」
「しかも、今回のブロマイドは騎士がテーマ。普段のキュート路線と打って変わり、馬にまたがって凛々しさを全面に押し出した意欲作。各地で、ファンの方々による熾烈な争奪戦が繰り広げられているそうです。いかがでしょう?」
「騎士がテーマ!? そんなの、即買いよ! こんな機会、逃したら絶対後悔するわ!」
クレナは支払いを済ませると、ご機嫌にスキップしながら馬車置き場へと戻った。
近くのベンチに腰掛け、しばらくニヤついた顔で鑑賞した後、ふと呟く。
「それにしても、凄いの手に入れちゃったわね……めちゃくちゃ高かったけど。ただ、残念なのは自慢する相手がいないことかしら。ラミスは、こういうの見せても大して反応してくれないし……。仕方ない。今日のところは、ひとまずユニさんに見せびらかして我慢するしかないわね」
良い物を手に入れたら手に入れたで贅沢な悩みが生まれるもの……。
クレナは横になって休んでいるユニコーンの前にしゃがみこみ、ブロマイドを片手に解説する。
「どう? 良いでしょ? この子、あたしの推しのシルティちゃんって言うんだけどね……」
しかし、ユニコーンにブロマイドの価値など分かるはずがない。
ましてや、そこに写っているのが他所の馬の姿ともなれば、自身にとっては不愉快でしかなかった。
ユニコーンはクレナを一瞥した直後、口を器用に使って彼女の手から写真をひったくる。
「ちょっ、ユニさん!? これはダメよ!? ペッてしなさい! ……しろってば!!」
結局、クレナの手元に残ったのは馬の写っている箇所を中心に食い破られた、もはやブロマイドと呼べるかも曖昧な紙切れのみ。
けれど、その意味もまた人間である彼女には伝わらないのだった。
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