第16話 強めの香り
その盗賊団は、孤児のみで構成されていた。
総勢四十名超えの一団を率いる、最年長の少年の名はペトル。
色あせた外套に身を包み、青みがかった髪を所々焦がした彼は、以前ラミスから「噛みつく珈琲豆」を奪った山賊であった。
ある薄雲りの晩、盗賊団は小高い丘の上に息をひそめて陣取っていた。
ペトルが拳を掲げて叫ぶ。
「みんな集まれ! ついに、この時がきたぞ!」
「なになに? もう、おやつの時間?」
呑気に喋りながら、ダラダラと集まってくる子供たちを待つことなく、ペトルは両手を広げて説明した。
「違う! 作戦を決行するって言ってんだ! 前に話した、例の双子の姿をようやく見つけたんだよ! ほら、丘の下に明かりが見えるだろ!」
「その話、本当だったんだ。兄ちゃんってば良い人だから、あの話も嘘だと思ってたよ」
「嘘じゃねえよ! 俺は、こう見えて元山賊だぞ? そして、今はお前たちを率いる盗賊団のボスでもある!!」
ペトルの言葉に、一人の少女がそっと手を挙げて尋ねた。
「上手くいくかなあ? わたしたち、みんな子どもだよ?」
「子どもだから、なんだってんだ。これだけの数がいたら、どうにかなる」
「せめて、六歳以下の子は置いていかない? 途中で疲れちゃう子も出ると思うの」
「……そうだな。よし、十歳の奴らの中で、男女一人ずつ決めろ。そいつらはチビたちと留守番だ」
「分かった。じゃあ、みんなに伝えてくるね。……あっ、寝てる子もいるから、あんまり大声で話さないでね」
そう言って、少女は既に布団にくるまっている年少組の元へ、静かに走っていった。
その様子を疲れたような眼差しで見送ったペトルは、やがて咳払いを一つして口を開いた。
「では、改めて作戦を説明するぞ。目標は、あそこに見えるでっかい馬車だ。後ろから、みんなでコソッと近付いて積み荷を少しずつ盗むんだ」
「それって何往復させるつもり? そのうち、絶対に見つかっちゃうと思うんだけど」
「見つかったら逃げればいい。少しでも盗めれば、それでいいんだ。言っとくけど、もし本当に逃げることになれば、バラバラに逃げるんだぞ。精一杯、かく乱するんだ」
「うーん……逃げ切れるかな? 素直に、ごめんなさいしちゃダメなの?」
「逃げ切れなかった場合、そいつとはそこでお別れだからな。あの双子は……あれだ、人間を生きたまま食う。頭から足の先までムシャムシャとだ。たぶん、骨も残らない。だから、必死こいて逃げろ」
ペトルが告げると、周りの子供たちは皆一斉に後ろへ下がった。
「兄ちゃんが脅すから八歳以下の奴ら、みんな怯えちゃったよ」
「ウソウソ、冗談だ。冗談だから戻って来い。ほら、前祝いに飴玉を一つずつくれてやるから」
「今時、飴玉ごときで動く子どもなんていないよ」
「ああもう……じゃあ、盗んだ物は全部、自分の物にしていいから。そうだ、もしかしたら馬車にはドーナツとか積まれてるかもしれないぞ? とにかく、なんでもいいからやる気を出してくれ」
「ドーナツなら仕方ないね。みんな、兄ちゃんに従おう」
こうして、一致団結した盗賊団は、ペトルを先頭に一列で丘を下っていった。
姿勢を落とし、足音も最低限にとどめ、時間をかけて林の中を進んでいく。
やがて、幌馬車へ残りあと数歩というところで、ペトルが上ずった声で呟いた。
「あいつらの怯える顔が今から目に浮かぶぜ。さあ、雪辱を晴ら――」
けれど、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
ペトルは顔から林の中へ倒れ込み、後ろの子どもたちもそれに続くように気を失っていく。
薄れゆく意識の中で、盗賊団の耳に双子の会話が届いた。
「良い香りね……けど、ちょっと強すぎやしないかしら」
「面白いでしょ。魔法で珈琲の香りを極限まで香りを強めてみた、その名も『鼻で味わう珈琲』。味は苦手だけど、香りが好きって人にはウケると思うんだ」
「逆に香りすら苦手な人にとったら苦痛でしかないわね。小さい子とか、失神してもおかしくないわよ」
双子の運の良さか、はたまたペトルの間の悪さか……。
盗賊団は珈琲の香りが平気な一部の子どもを除き、救援のために駆けつけた後続を含めたほぼ全員が倒れ、ついでにユニコーンも静かに気を失っていた。
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