Zone
* Zone
Rは善人だった。わたしは、そのことを誓って言う。
これも言っておくが、ここは煌びやかな施設だった。内装も豪華、敷地はショッピング・モールの何倍もある。そして、夜も昼も、ネオンや蛍光灯がきらめく明かりを床に投じている。そんな施設(
Rはわたしに近づいて来て言った。「髪が伸びてきたじゃないか」
「わたし、髪の毛が伸びるのが早いんです」
「ふん……女らしくなったか。でも、ここでは女であるということは餌だぜ?」
「あなたは、わたしを餌とは感じないんですか?」
「それは……」
わたしはあらゆる感覚が麻痺していた。そのときの、わたしの外見について言おう。わたしは、かろうじてショート・カットと言えるような(ベリー・ショートではない)髪型になっていた。と言うことは、ここへ来て2カ月ほどの時間は経っていたのだろう。
「お前の髪が後ろで束ねられるようになったら、オレがデートしてやる」と、R。
「デート? 何のために?」
「言うな! 聞くな!」
そして、Rは足早にそこから去った。明らかに、それは彼の照れだったのか? ……いや、違うのだろう。そのときのRの後姿は、女のように思えた……。
それから幾度となく、わたしはRと話をした。Rはわたしのことを気遣っているようだった。これは、わたしたちのリーダーとも違う。五分刈りのKとも違う。「恋心」と言ったら、たぶんRに殴られただろう。
ここでは、従業員は絶対的な権力者だった。間違ったものを買おうとし、あるいは間違った場所に踏み入ろうとして、彼らに殴打され、どこかへと運ばれていく者たち、というのは日常的な光景だった。
しかも、それを誰も咎めようとも振り返ろうともしない。ここでは、淡々と死が量産されていく。もっとも、それがほんとうに「死」であるのか、ないのか、誰も口にしようとはしなかったが……
わたしは、したたかだったと思う。Rの想いを利用しつつ、ここで生き残っていく、という気概は持ち合わせていた。最初に連れ添った4人の女たちとともに、わたしは日々を「娯楽」として過ごす。画面の敵に向かって、弾丸を打ち続ける。
ある日、Kがわたしに打ち明けた。
「わたしね、実はRが好きだったんだ」
「それで?」
「でも、Rはわたしを相手にしなかった。わたし、ブスだから……」
「それでベリー・ショートにしたの?」
「違う。これはリーダーの命令」
「……詳しくは聞かないね?」
Kの見せる表情は、わたしにたいしてだけのものだった。“女の友情”ということを、わたしは感じ。
生き残るということがこれほど苦痛なのか、と思っていたある日、わたしはRに呼び止められた。
「可愛い。もう女らしいじゃないか……」
「わたしのような
「
「でも、この施設はなにか秘密の……」
「秘密なんて、探らないのが良い。『呼吸刑』になる」
「あなたは……?」
「元ゲーマーだ」
「じゃあ、ここは……」
「そう。実力次第で、支配人すら殺せる」
「えっ?」
「しっ!」
Rはわたしを壁に押し付け、荒い呼吸をした。
「オレは、ここから出て行きたいんだ。……元々、オレはエリートだった。大学で研究していたんだ。だが、ちょっとした気まぐれでギャンブルに惹かれてしまった。危険なギャンブルに。成功すれば、誰もがうらやむ栄華を、失敗すれば地獄を味わうギャンブルだ。この国には、そんなモノがあったんだ。それがここだ。あげくの果て、今、オレのような存在がある。オレは、この施設について、さまざまなことを調べた。そして、ここから出る方法を知った。皆、誰も知らない。ここのシステムは、実は穴だらけだ。ゲーマーたちを奴隷のように飼いならしつつ、欠点があるんだ。だいたい、この平和な世の中のなかで、ここは何なんだ? ここは『カイジ』の世界か? 違う。ここは、あくまでも合法的な枠組みのなかで作られている。ここは、現世の理想郷でもあり、桃源郷でもあるだ、支配者にとっては……」
わたしは、Rの言葉が分からなかった。ただ、壁に押し付けられるままに、Rの言葉を聞いていた。
それから、わたしはRとキスをした。
そして、わたしはトイレットのなかでRと結ばれた。
Rは言った、「お前だって、思ったことがあるだろう? ここが『夢の世界』だって……」
わたしは、心のなかでRの言葉を否定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます