Days
* Days
それから数日が経った。そこは、本当に異様な世界だった。
順を追って説明しよう。わたしの4人の仲間たちは、この施設に入ると同時に、放縦な日々を送り始めた。昼間の間は(と言っても、いつが昼であるのか、夜であるのか、わたしには分からなかったけれど)、例のFPSゲームに興じ、夕方(と思われる時刻)になると、食堂へと向かう。
食堂は、配給性のように思われた。飢えた獣が獲物に群がるように、ゲーマーたちは食事に飛びつく。そのメニューの一端を紹介しようか?
例えば、豆のカレー。肉は入っていない。カロリーは人が一日に生活できる最低限だ。健康的ではあるが、一日の食事としては物足りない。
また、お調子者向けのサラダ。これはよく女子が注文する。そしてすぐに死んでいく。リーダーをはじめ、わたしの4人の仲間たちはこんなメニューに見向きすることは、決してなかった。
カツ丼。これは男たち向け。そうして活力をつけた男たちにどんな運命が待っているのか、わたしには想像もつかなかった。何しろ、このような異様な施設なのだ。ここは商業施設なのか、あるいは秘密結社の施設なのか……
当然、わたしの“仲間”たちが取ったのは、豆のカレーだった。大学の学食よりも貧相なメニューのなかで、それだけが彼女たちの栄養状態を保ってくれそうだった。
彼女たちは、目覚めると(眠るときには通路で眠った)、ゲーム機に向かって仮想の弾丸を発射し続けた。それがある種の労働のようなものであるとは知りつつ、わたしは彼女たちの目的も、意図も知らないままだった。
ある日、五分刈りの女が従業員に殴られていた。彼女は……フリルのついた可愛らしいドレスを胸にあてがっていた。それだけのことだ。
従業員は、例のごとく彼女を男だと思ったのだろう。「男のくせに、服を汚すな! 失せろ、外道!」そんな言葉で、従業員がまくし立てている。それに対して、抵抗するでもなく、抗言するでもなく、彼女は殴られるに任せている。
わたしの脳裏にちらついたのは、Rの言う「冷凍室」という言葉だった。彼女は「冷凍室」送りにならないように、必死で自分の境界線を保っている。それが、いくら肉体的な傷や痣になろうと。
一度だけ、この施設の支配人らしい男を目にしたことがある。彼は、高い壇上に立って、「抗え、そして勝て!」という言葉を口にし、退場して行った。リーダーも、五分刈りの女も無言だった。それが、恐怖によるものだったのか、諦めによるものだったのか、わたしには分からない。
ある日、わたしは五分刈りの少女の(ここでは、少女と言っておこう)告白を受けた。
「わたしね、実はここに来る前、孤児だったの」
「孤児?」
「そう。でも、NT5が拾ってくれてね……」
「わたしたちのリーダー?」
「そう。この世界で生きて行くことができた。でも、今は分からないの。これが本当に正しいのか」
「正しくなんてないよ。正しくなんてない」
「Kちゃん……本当は弱いんだ……」
「泣かせてよ、ね?」
必死に、わたしは自分の言葉を探していた。日々、従業員に殴られる毎日。軍事訓練のようにゲームをこなす日々……いや、あれは本当に軍事訓練だったのか? そして、自らを偽り続ける、「日常」とは言えない「日常」。
実は、わたしはその数日前、従業員に捕らえられ、一つの「罰」を受けていたのだ。
それは、わたしが子供用(と目された)キャンディーの自販機で、子供用のキャンディーを買ったからだった。……ここで詳しい説明をすることはしないが、この施設では、日々「クレジット」というものがたまっていく。
「おい、女」
「リオ、です」
「“女”でいい。今、キャンディーを買ったな?」
「ええ、食べたかったんです」
「それは、子供用のものだ。子供用のものを大人が買えばどうなるか、分かっているんだろうな?」
「どうなるんですか? ……それに、ここには子供なんていないじゃないですか?」
「こうなる!」
わたしはさんざんに殴られ、髪の毛をバリカンで刈られた。だから、今のわたしはボウズだった。
わたしを足蹴にした女従業員は、わたしのことをせせら笑った。「ここでは、誰も
「NT5って、誰なの?」
「善人よ。良い人よ」
「そうなの……かしら」
わたしたち2人は黙った。
「ねえ、ここでどんな罰があるのか、知ってる?」
「冷凍室……でしょう?」
「それだけじゃないの、呼吸をさせない罰、笑わせない罰、悲しませない罰、自分から死のうとさせる罰……」
わたしは息を飲んだが、この異様な施設のなかで、それは大いにありそうな刑罰ではあった。
「呼吸をさせない罰って、知ってる? 三日間、被害者の口を塞いだり外したり、そして、彼や彼女が呼吸をしなければいけないぎりぎりの段階で、呼吸をさせるの。そうするとね、被害者は腹を蹴られたりしなければ呼吸もできないような状態に、だんだんとなっていく。そして、見せしめのために、大勢の前でその腹を蹴る。被害者は思うわけ、『蹴られて幸せだ!』ってね。……それが、この施設ではもっとも重い刑罰」
「刑罰って、ここは日本の施設なんかじゃないんでしょう?」
「同じことよ。あなたもいずれ分かる……」
そうかも知れなかった。数日のうちに、わたしはそれを知ることになった。
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