四章 或る父親の秘匿

 アルギニーが死んだ。


 死んだ娘の恋人だった。

それだけの関係だったが、彼のことはしっかりと記憶に残っている。


 娘のように品行方正で、穏やかな人だった。

それでいてユーモアもあって、娘の恋人という立場など関係なく、私にとっていい友だった。


 彼といると、娘はとても楽しそうだった。

彼は、娘にとってとても大事な人だった。

多分それは彼も同じで、だからこそ生きて娘の遺志を継いだのだろう。


 ……継がなくていいものまで。


 娘が15歳になった頃、部屋にこもって何かするようになった。

娘は動物の頭やオカルト本、チョークなど、おかしなものを集めるようになった。

そして、娘は私を部屋に入れてくれなくなった。


 彼と付き合い始めてからもそれは続いた。

娘の部屋からは変わらず夜な夜な理解不能な言葉が聞こえ、時々異臭が漂ってきた。


 彼と娘が付き合い始めて1年経った頃、事は唐突に起こった。


 娘が……首を吊って、死んだ。


 その日は彼も泊まりに来ていて、いつまで経っても戻ってこないのを心配して二人でドアを開けた。


 そこに広がっていたのは床いっぱいにチョークで描かれた幾何学的模様、そしてそれの隙間には崩れて原型がわからないような文字。

模様の中央には皮を剥がれた羊の首と……


 その上に、縄にぶら下がる娘の死体があった。


 私も彼もどうしたらいいかわからず、ただ立ちすくむだけであった。


 そして、私達は……


 愚かだった、愚かだったとも。


 二人で、娘の悪魔崇拝の証拠を隠したのだ。


 その途中で娘の日記を見つけた。

「神が人を救わないのなら、代価を支払って悪魔に救ってもらうしかない。」

そんなことが書かれていた。


 娘はきっと……

自分を生贄にしようとしたのだろう。


 私も、彼も、娘も。

みんな愚かだった。


 彼は娘の死後、教会を使った孤児院を始めた。

娘はそこの庭に埋められ、彼は花の……そうだ、紫苑の種を蒔いた。


 そして、多分彼は、いやそうに違いない。

彼は悪魔崇拝を始めた。


 娘の代わりに救いを、施しを求め。


 10年も彼が生きていられたのは、子供たちという枷があったからだろう。

しかし、マグナ牧師が教会に来てからは話が変わった。


 子供たちを託す相手ができたのである。


 マグナ牧師が教会に馴染み、彼を縛る枷はなくなった。

そして、私を縛る枷もなくなってしまったのだ。


 二人が来世で幸せに死ねることを願って、献杯と言いながら私は酒を流し込む。


 私はこの……彼と娘の秘密を抱えたまま、これ以上生きていくことを選べない。


 私は懐から銃を取り出し頭に突きつける。

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