五章 或る牧師の手記

 しんだひとをみるのは、にどめだった。

 

 おかあさんがじこでしんだときに、オレはうしろでみていたから。

 

 でも……これはちがう。

 

 ストラエフト牧師も、マグナ牧師もだめだといっていた、じさつだ。

〜〜

 わけがわからない。

 

 ストラエフト牧師が…自殺?

 

 牧師という立場を持ちながら。

沢山の子供に愛されながら。

 

 あの優しいストラエフト牧師が自殺なんて。

ありえない、受け入れられない。

 

「……マグナ牧師、だいじょうぶ?」

マシューの声がする。

 

 この光景は子供に見せていいものじゃない。

交通事故で母親を亡くしたマシューは、死体を見たことがあるかもしれない。

 

 でも、それでも。

子供に見せて良いものじゃないんだ。

 

 マシューに意識を向けたことで、やっと気が付く。

初めて見たストラエフト牧師の部屋。

 

 床一面にチョークで幾何学的模様と崩れて読めない文字が描かれており、真ん中には皮を剥がれた羊の頭。

 

 悪魔崇拝。 

伝え聞くそのままの姿だ。

 

 自殺だけならまだしも、悪魔崇拝などという明らかに神に背く行為。

ストラエフト牧師のあの優しさも偽物だったのだろうか……?

 

 神に仕えるストラエフト牧師が悪魔崇拝をしていたのなら、マシューもやっていたって不思議ではない。 

朝隠した本はもしかして……?

 

 疑心暗鬼に陥る中、マシューが声をかけてくる。

「ねぇ! だいじょうぶ? マグナ牧師。だいじょうぶ?」

 

 我に返り、緊張が一気に解れる。

 

 私は暴れる感情の渦を隠しながら答える。

「大丈夫ですよ、一旦食事に戻りましょうか」

〜〜

「大丈夫ですよ、一旦食事に戻りましょうか」

マグナ牧師はへいきなふりをして、そういう。

 

 こわいくせに。

つらいくせに。

 

 なにかマグナ牧師のきをひけるものがないかな。

オレはあの本のことを思い出した。

 

 マグナ牧師の袖を引っ張り、ねるへやにいく。

〜〜

 突然マシューが袖を引っ張る。

 

 放心状態になりかけていた私は子供の力にすら抵抗できず、子供たちの寝床まで連れてこられる。

マシューは自分のベッドを漁って、一冊の本を私に渡してくる。

 

 日記のようで題名は書かれていないが、持ち主を書く欄には綺麗な字で『アルギニー・ストラエフト』と書いてあった。

〜〜

 マグナ牧師がおどろいている。 

やっぱり、あのほんにはなにかがあったんだ。

 

 オレはいう。

「マグナ牧師! これよんで!」

 

 マグナ牧師はほんのなかみをしゃべりはじめる。

〜〜

 日記は10年前の日付から続いている。


98/7/11

アリーナが死んだ。

部屋には悪魔崇拝の跡。

これを他人に見せるわけにはいかない。

アリーナは綺麗な偶像のまま人々の記憶に残るべきなのだから。


98/7/12

遺品を引き取った。

あの悪魔崇拝に使われた道具の数々も。

道具を整理しているうちに、アリーナから私への手紙を見つけた。


98/7/13

アリーナの死を無駄にするわけにはいかない。

悪魔だろうと邪神だろうとなんだろうと、人を救えるならなんでもいい。

私はアリーナの代わりに救いを与えなければならない。


98/7/14

孤児院経営を始めた。

私は手の届く限り人を救わなければならない。

 

98/7/15

失敗。


98/7/16

失敗。私は神だけでなく悪魔にも見放されてしまったというのか?


〜中略〜


08/7/9

失敗。


08/7/10

マグナ牧師が子供を任せられるくらいにここに馴染んだ。

私はもう必要ない。

もう、この命を捧げてもいい。


 日記は昨日の日付で終わっている。

〜〜

 葬儀も終わり、ストラエフト牧師は庭にあった墓の隣に埋められた。


 美しい紫苑の咲き誇る墓場にて、私とマシューは祈りを捧げる。

 

 どうか、ストラエフト牧師が…今度は、幸せに死ねますように。

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