第5話 竜殺しの女

 聖山の麓から2キロほど離れた所にあるユマノスの街ハルモヌーノ。


 人口約五千人ほどの都市で――まぁ、ユマノスが大半ですが――吟遊詩人や踊り子が集まる芸能の盛んな所。

 そのせいか、街中は非常に活気にあふれています。

 とりわけ、お昼時の大通りは人の往来が激しく、どこの店も満席状態。

 そんな中、アルジェさんの案内で入ったのは一軒の大衆酒場。

 よくある日中はランチタイムで夜になると酒場に化けるタイプの店。


 ただし、そこでは――


「緊急クエスト発生! 参加を希望するパーティは至急窓口までお越しください!」


 わたくしが『海魚と卵の親子スープ』と『クラーケンの香草焼き』に舌鼓を打っていると、そんな声が聞こえてきました。


「ここは冒険者ギルドの経営する酒場なんです」

「ギルド?」

「はい」


 気になって周りに目を配っていると、アルジェさんが唐突に説明を始めました。

 ちなみに、アルジェさんの前には『鬼面蛙ハニャラコス燻製クテリエ』が半分ほど残っています。

 どんな料理かというと、鬼面蛙ハニャラコスという一本角のカエルの肉を石積みのオーブンの中で一昼夜蒸して燻製くんせいにしたものです。

 ほどよく脂身があってプリップリなんですよ。


 などと解説してる間にもアルジェさんの話は続きます。


「今から約千年前、竜王レフコ=クリコス様とその一族が魔族に滅ぼされたため、竜族間の調和が崩れて魔物がはびこる戦乱の世になってしまったんです」


 竜王レフコ=クリコス——創世竜エンシェントメトゥリタ=クローマ=ヒュノケパロスの末裔とされる聖竜の王。

 創世竜は、およそ七千億年前にこの世界を創られた偉大な竜の神です。


 なぜ竜神かって?

 そりゃあ、この世界の霊長類たる竜族サマの語る神話ですからねぇ……

 いわば、彼らのご先祖様を神格化した存在なんですよ。

 王権神授説、もしくは日本ジパングの『天孫ニニギ降臨』神話が当てはまるでしょうか。

 ともかく、その竜王が倒されたことで創世竜エンシェントの嫡流が途絶え、世界のバランスが崩れた——ということらしいのです。

 それよりも、わたくしが気になったのは、


「今、って言いました?」

「はい、言いましたけど。何か気になることでも?」

「そりゃまぁ……魔族なんて少なくともで、見た人なんて皆無でしたから」

「そうなんですか。そういえば、異世界にいらしたんでしたっけ?」


 アルジェさんに問われて、わたくしは「ええ」とうなずく。

 山頂から街までの道すがら、わたくしは五千年くらい前から今日まで地球に転移していたこと、そこには『魔法』とは違う『科学』という法則があることをざっくりと彼女に説明しました。

 しかし、あまりにも突拍子もない話ですので、当然すぐに理解できるワケもなく、おおざっぱに「行きは魔法で転移して帰りは科学で戻ってきた」とだけは理解してもらえた感じですが。


「異世界にも魔族や竜族っているんですか?」

「魔族はいませんでしたよ。竜族は……まぁ似たような古代生物がいたくらいでしょうか」

「古代生物?」

「恐竜っていうのがいたんですよ。わたくしが転移した時には既に絶滅していましたけど」

「それは残念……異世界の竜族、見てみたかったなー」

「あなた、竜族がお好きなんですか?」

「はい! だってカッコいいじゃないですか、ドラゴン!」

「まぁ、そうですね……種族や個体にも寄りますけど」


 言いながら、麓に縛り付けた石魔竜リトスドラゴンのことを思い出します。

 まぁ、あれは魔竜の中でも最弱の部類ですけどねぇ。


「話は逸れましたけど、要するに竜王が滅ぼされてから魔物が増えたってことですか?」

「はい、そっから紆余曲折色々あって今から五百年ほど前、大公アークダイクンを盟主とする貴族連盟をパトロンに世界初の冒険者ギルド『エツィゴア』が設立。以来、多くの冒険者ギルドが大陸のあちこちで増え、ダンジョン探索はもちろん町や村の防衛でも自警団作ったり私設の傭兵団を雇うより需要あるんですよ」


 なるほど、貴族がパトロンってことはクエストの報酬も税金から賄われてるから他所から傭兵雇うよりコスパが良く、実力的にも村人からつのった若者達よりは信頼できるってことですね。


「ここのギルドもその一つというワケですか」

「はい、ここのギルドは『ヨークハミア』ですね」

「名前はともかく、魔物退治とかはギルドに依頼すると良いというワケですね」

「それとダンジョン探索もギルドが担ってますね」

「なんか昔(数千年前)、日本ジパングでそんなアニメが流行っていたのを思い出しました」

「アネメイ?」

「いえ、こっちのことです」

「まーそんなワケで、今はギルドに登録して冒険者やるのが主流なんですよ!」


 言いながら彼女、目を輝かせながら誇らしげに胸元で拳を握り締めてたりする。


 ん?


「もしかして、ギルドに誘ってます?」

「はい、実は……でも、よく解りましたね?」

「先程からやたら熱心にギルドの話されてるので、なんとなく」

「なら話が早いです。それでは早速……」

「入りませんよ」


 わたくしが即答すると、「え?」と間の抜けた声を漏らすアルジェさん。


「そんな面倒臭いことするわけないでしょ」

「なんでですか、今ギルドに入る流れになってたじゃないですか!?」

「いや、なってませんよ。あなたが勝手に盛り上がってただけで……」

「入りましょうよギルド。冒険者になったらダンジョン行けるんですよ!」

「探索など専門家に任せれば良いんですよ。わたくしはインドア派なんです。籠って研究したい派なんです」

「魔物倒したら研究費だってガッポリですよ!」


 熱でも入ったのか、心なしかアルジェさんの声のトーンが少し大きくなった気がする。


「だから、わたくしは武闘派ではないので、そういうのは肌に合わないんですよ」

「でも、さっきあんな大きな石魔竜リトスドラゴンをあっさり倒してたじゃないですか!」


 ちょっ、そんなこと大声で言ったりしたら……


 ざわり——


 にわかに周囲の空気が変わるのが解り、わたくしは焦燥感を覚えます。


「いや、あれは降りかかる好きで相手にしようなんて思いませんよ」


 わたくしは軌道修正しようと言いつくろいますが、しかし——


「何、の気安さでドラゴンを倒しただと?」

歯牙にもかけないとでもいうのか!」


 え、ちょっ……


「一体何者なんだ、あの女?」

「つかあの耳、もしかしてエルフじゃね?」


 まずい……かえって注目浴びちゃってる?


「確かにエルフだ。人里に来るなんて珍しい」


 山から降りてきた狸じゃねぇんだよ、エルフは。


「俺、エルフなんて見たの初めてだわ。拝んどこ」


 いや、拝まれても……

 てか後半、エルフエルフうるさい。


「と、とにかく! わたくしは冒険者なんてやりません!」

「そんなー、せっかく楽しく冒険できる人見つけたと思ったのに……」


 捨てられた子犬のようにうな垂れる彼女。

 にしても、やっぱりこの子――


「冒険者だったんですか?」

「はい、ソロですけど一応」


 蚊の鳴くような声で答えるアルジェさん。


 いや、そんなに落ちこまんでも……

 これじゃまるで、わたくしがなんか意地悪してるみたいじゃないですか。

 悪くないですよ、わたくしは。


「それで、わたくしをギルドに誘って一緒にパーティ組みたいってことですか?」

「はい……あの、あたしと一緒に冒険してください!」


 言うと、彼女は潤んだ薄紅の瞳を真っ直ぐにこちらに向けてきます。


 うっ……こういう純真無垢な眼で見られると弱いんですよ……


「……仕方ありませんね」

「それじゃあ」


 その瞬間、薄紅の瞳が再び輝きを取り戻しました。


「入りますよ、冒険者ギルド」

「ありがとうございます!」


 歓喜のあまり、両手でわたくしの右手を握り締め、ブンブンと振り回す彼女。


 正直、わたくしとしては百年くらい籠って科学の研究に没頭したいところですけど……

 まぁ、これも長い人生を堪能するための程好いスパイスってことで。


 などと心の中でつぶやいていると、


「竜殺しのエルフか……」


 遠くから微かに声が聞こえました。

 ちらりと、その声の方を振り返ります。が――


 そこにはただクエストの紙が張られた掲示板があるだけでした。

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