第6話 冒険者ギルド『ヨークハミア』

「あのー、すみません」


 アルジェさんがおずおずと手を上げて声をかけると、「はいはーい」とやたらテンションの高い女の声が返ってきました。


「こんにちは。アルちゃんもクエスト参加希望ですか?」


 酒場のカウンターの向かって左端に立つ背の高いスラっとした栗髪の女性。

 彼女がギルドの受付嬢なのでしょう。

 水晶のような澄んだ碧眼と屈託のない笑顔が印象的な少女のようなあどけなさを持つ不思議なユマノスです。


「えっと、その前に登録希望なんですが、大丈夫でしょうか?」


 それを聞くと、受付嬢がこちらに視線を向けます。

 というか、どこか観察するように、まじまじと見つめて来ます。


 なんか、昔日本ジパングで同じような視線を向けられた記憶がよみがえってきました。

 あのポーシュとかいう領主の息子と同じ疑り深く品定めするような視線を……


 彼女の場合、どちらかといえば好奇心の方が強そうですが。


「ああ、初めての方ですね。どうぞ」

「ありがとうございます。ルチアナさん」


 丁寧に頭を下げて礼を言うアルジェさん。

 ルチアナと呼ばれた女性は、カウンターの上に置いてある紙とは別に、その下からもう一枚羊皮紙を取り出し、屈託のない笑顔をわたくしに向けます。


「はじめまして、冒険者ギルド『ヨークハミア』へようこそ。受付のルチアナ・フンボルトと申します。まず、お名前と生年月日とご職業をどうぞ」

「ルミア=ゴルドン、火の鳥がレタの月にサラマンダー吠えし星の生まれで、職業は『科学者』です」


 一寸の静寂が過ぎ去り、


「えっと、もう一度お願いします」


 ルチアナさんが困惑気味に聞き返しました。


「最初からですか?」

「いえ、おそらく生年月日でしょうか? そこからで……」

「ああ、そこからですか」


 なんとなくそんな気はしましたが、そういえばユマノスは独自にこよみを持っていたんでした。

 ちなみに、わたくしが先ほど答えたのは『エルフれき』で、竜族の暦を解読して人類用にアレンジしたものなんですが、如何せん短命種たるユマノスには実用性に欠けるようで古のユマノス王ワルエペが定めた『エペれき』というのを使っているんでした。


 エペ暦だとたしか……


「597年7月8日生まれです」


 そう、実は地球のグレゴリオ暦(いわゆる西暦)と形式が一緒なんですよねぇ。

 ちなみに、エペ暦だと一年が370日あって年に一回ワルエペ王の生まれ月だけ一週(十日)間長かったりします。


 しかし、それを聞いてなお、ルチアナさんが眉をひそめます。


「あの……失礼ですが、ひょっとして相当お歳を召されてる方でしょうか?」


 本当に失礼ですよ。


「いえ、まだ成人して二千年ですけど」

「二千年……程度ですか……」

「あのー、ルミアさんってエルフだから、多分見た目通りの年齢じゃないんだと思います」


 横手から、アルジェさんのあまりフォローが入る。


「そういえば……なるほど。でも、そうすると……現在って計算になりますけど……」

「大体それで間違ってないですよ。なんでしたら『霊樹皮ランジャータ』でもお見せしましょうか?」

霊樹皮ランジャータって、あのエルフの年齢がわかるとかいう木の皮ですか?」

「はい、わたくし達エルフは生まれた時に精霊への感謝と祈りをこめて森の霊木れいぼくから樹皮を一片ひとかけ切り取って赤子に持たせる習わしがありまして、魔力をこめることで……と、実際に見せた方が早いですね」


 まぁ言ってしまえば身分証みたいなものですが、普段は御香として香りを愉しんだりしますねぇ。


「見せていただいても?」

「はい、どうぞ」


 わたくしは、首から下げた御守袋を外し、紐を解いて中から霊樹皮ランジャータを取り出してみせた。

 すると、ぶわっと甘い香りが広がっていきます。

 例えるなら、日本ジパングの八つ橋のようなニッキやシナモン系に近いでしょうか。


「うわー、なんかいい匂いですねー」


 言いながら、隣にいたアルジェさんがクンクンと犬みたいに鼻腔を動かしていたりする。

 一瞬、それを横目にしつつも視線を戻し、わたくしは樹皮に魔力を込めます。

 すると、樹皮が発光して空中に数値が現れました。


「えっと、これなんて読むんですか?」


 首をかしげるアルジェさん。

 しかし、その問いに答えたのは、わたくしではなくルチアナさんでした。


「エルフ文字……ですか。えっと、九千と……細かいところまでははっきり読み取れませんが、大体九千歳以上なのは解りました」

「わたくしが読みましょうか?」

「いえ、そこまでしていただかなくても結構ですよ。後は計算した通りでしょうから」

「そうですか」

「では、職業をお願いします」


 さて、本当の問題はここからですね。


「実は『科学者』というのを新設したいのですが、出来ませんかねぇ?」

「どういった事をされるお仕事なのでしょうか?」


 まぁ、そうなりますよねぇ。

 世界の真理探求とか、物質や生命の構造原理の解明、機械工学や化学、医学薬学、天文地理に至るまでを数学などを用いて体系的に研究する職業とか言ってもワケわかんないでしょうし。

 もう、いっそのこと魔法使い……いや、それだけは名乗りたくないですね。


 いや待てよ、真理の探求ならば——


「だいたい錬金術師と解釈してい……」

「ああ、錬金術師ですね! では、それで登録させていただきますね」


 わたくしが皆まで言う前に返事すると、ルチアナさんは流れるような手つきで羊皮紙に『錬金術師』と書き込みやがりました。


「えっ、ちょっ……あのぉ……ええっと……うーん……あっ、はい……じゃあそれで……」


 こうして、半ば不本意ながらも冒険者ギルドに登録することになりました。

 ええ、不本意ですとも。

 ですが、以上、錬金術師で通すしかなくなったということですよ。

 畜生ぉ……




「それでは早速、クエストについてご説明いたします」


 わたくしのギルド登録を終えると、今度はクエスト参加のため、ルチアナさんから説明を受けることに。

 カウンターには、クエストの内容が書かれた依頼書が配られています。


「一昨夜、近隣で大きな地震があったことはご存知でしょう」


 え、そうなの?


「はい、その日は聖山キャンプに備えて麓近くの宿屋で一泊していたのですが、突然激しく揺れたのでびっくりしました」

「それは災難でしたね、アルちゃん」

「はい、山崩れとかしてたらどうしようとも思ったんですが、でも翌日は飛行魔術で無事に登頂できたので夜はキャンプファイヤーしながら独りキャンプ飯でウェーイでした」


 いや「ウェーイ」じゃなくて……


「地震の翌日に山頂でキャンプファイヤーとか危ないですよ。しかも一人で」


 流石にこれには忠告します。


「そうです?」

「翌日は余震が起こる確率が高いんですよ。山は特に地震の原因である地殻プレートの運動に強く影響されやすいですし、火を使うなどもっての外です。そもそも登山自体、本来は中断すべきで……」

「ルミアさんの言うことって時々よく解んないです」


 ぐぬぬぬ……やはり早いとこ『魔法』を駆逐して『科学』を布教せねば!


「あの~そろそろ説明を続けてもよろしいでしょうか?」


 ルチアナさんが困惑気味に訊いてきます……って、あ……


「ごめんなさい、お願いします」

「では——昨日さくじつ、その地震の調査でウチの先遣隊が震源地の島に向かったところ、そこには――」


 そこで人差し指を立てるルチアナさん。

 次に彼女の発した一言は、にわかには信じ難いものでした。


「なんとそうなんです!」

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