第4話 ユマノスの少女アルジェ

 見たところ、まだ四~五千……いや、ユマノスの年齢で言えば、十歳そこら(大雑把)くらい?


 地球の――日本ジパングでいうところの中学生ってところでしょうか。

 雪のような白銀の髪は肩に掛かるか掛からないかくらいで左右の三つ編みを後頭部で結んで先っぽが細い馬の尻尾のように垂れ下がっていました。

 山岳地帯の民族衣装を思わせる袖口に刺繍のある白い布服に麻のマントという簡素な旅人スタイルで、おそらく儀式用の物だろう腰の赤帯に短剣を括り付けています。


 ちなみに、ユマノスというのはこの世界の人類の一種で、背丈は大体150~190センチほど。耳は短くやや丸みを帯びていて、どことなく地球人と容姿が似ていますね。


 しかし、ユマノスがなぜこんなところに?


 などと疑問に思っていると、そのユマノスの少女が特徴的な薄紅の瞳をキラキラ輝かせながら勝手に名乗り出しやがりました。


「えっと、はじめまして……あたし、人間種のアルジェ=シルヴァーナと申します」

種……」


 この決して耳障りの良いとは言えない響きに、懐かしさと共に諦観にも似た感情が芽生えてきて、思わずため息が零れます。


「……久しぶりに耳にしましたよ。そう、あなた達ユマノスは自分たちを『人間』と称して他の人類種と区別しているんでしたね。まぁ、地球みたいな同じホモ・サピエンスから枝分かれした短命種だけの世界ならともかく、この世界にはエルフもドワーフもハーフランもいるんですから、ここは本来の種族名を名乗ることをお勧めしますよ」

「ほみゅ?」


 わたくしの言葉が飲み込めないのか、アルジェとかいうユマノスの少女は困惑気味に首をかしげます。


 まぁ、異世界の知識なんて無いのが普通ですからねぇ……


 わたくしは、気を取り直して彼女に向き直ります。


「まぁ、それは良いです。わたくしの名は……ルミア、ルミア=ゴルドン。見ての通りエルフにして


 ちなみに「ルミア」はわたくしの通称で、本来のファーストネーム「アウルミア」は伏せる、あるいは略すのが古くからのエルフの慣わしなのです。

 もっともそれはで、ここでは「真名まな」がかなり重要な意味を持つので他人には明かさないという自己防衛の意図があったりするんですけどね。

 しかしそんな心配を余所に、彼女は小首をかしげながら問い返しました。


「かがく……ってなんですか、それ?」

「そうですねぇ『魔法と相反する法則』とでも言いましょうか、それを研究するのが科学者ですよ」

「魔法使いじゃないんですか?」

「魔法使いではありませんね。むしろ使でしょうか」


 少し脅してみました。すると、


「ひっ、人殺し!?」


 などと、人聞き悪い返しをされました。

 失敬なっ!


「いや、あくまで『社会的に』抹殺するって意味で」

「抹殺するんじゃないですか」

「いや、だから……具体的には魔法使いを軒並み失業させる存在ってとこですかね」

「え、魔法使いのお仕事なくすんですか?」

「ありていに言えばそうですねぇ」


 いや、ついこんな話してしまいましたけど、焦土と化した森の姿このありさまを見たら流石に魔法を駆逐したくもなりますよ。

 いやまぁ、この焦土が魔法の暴走によるものとは限りませんけど。


「もしかして、どこかの王族の方だったり?」

「するわけないでしょう。こんな草一つ生えてない荒野あれので途方に暮れてる王侯貴族がいたら、それは国を追われたか滅ぼされてますよ」

「それもそうですね。なんかさっきから独り言いったり叫んだりしてましたもんね」

「うっ……いや、たしかに叫びましたけど……」


 見られてたと思うと途端に恥ずかしくなるものですね。

 まぁ、こんなところに誰かいるとは思ってもいませんでしたし……


「ていうか、いつから見てたんです?」

「えっと、たしか……あっちの山麓ふもとの方でいきなり何か光って、そこからお姉さんが出てきて……」


 わたくしは、森のあった場所とは反対側を指さす彼女の指先を見てゲンナリしました。


「……って、もろ最初からじゃないですか。もしかして、さっきこの辺りで光ってたのって」

「あー、あれはなんかドラゴンが飛んできたのが見えたんで、お姉さんに合図送ってたんですよ。気づくかどうかは賭けでしたけど」


 なるほど、流石に魔竜の脅威は認識してましたか。

 しかし――「そんな事より」と彼女はこちらに詰め寄り、


「さっきのアレって転移魔法ですよね?」


 まるでドラゴンのことなどどうでもいいとでも言わんばかりに、わたくしに問いかけます。


「まぁ、転移は転移ですけど……」

「じゃあ、お姉さん……えっとルミアさんも失業するんじゃないですか?」

「失業も何もわたくしは使ですから」

「魔法使ったのに?」

「いいえ、あれは魔法ではなくてですねぇ……」


 ここで「座標計算」とか「重力波に干渉して時空の揺らぎを作って」とか説明しても多分「よくわかんない」とか言われそうですし。

 なまじ『魔法』が発達した弊害ですねぇ。

 この世界は未だ『科学』という法則ものを知らないのですから、それも仕方ありませんが……


「とりあえず、ここで立ち話もなんですから、街にでも行きませんか?」

「そうですね、わたしもボチボチ引き上げようと思ってたんで」


 そういえば——


「えっと、アルジェさんでしたか」

「はい、アルジェです」

「貴方は、ここにいらしたんですか?」


 わたくしは思い出したかのように、彼女にたずねました。

 しかし、彼女の口から出た言葉は、あまりに想定外のものでした。


「ソロキャンです」

「えっ、ソロキャン?」

「はい、またの名を『孤独のキャンプ』です」


 いや、わたくしがきたかったのはそういうことじゃないんですけどねぇ……


 ちなみに『キャンプ』という言葉がこの世界にあるワケではないですよ。

 ただ、いい感じに地球語で翻訳すると、その言葉が該当するということですね。


「いや、その……ここまでどうやって来られたんですか?」

「えっとー、麓まで馬車で来てそこから飛行魔術で頂上まで」

「いや、そういうのでもなくて……やっぱいいです」


 こちらの意図が伝わりそうになかったので諦めました。

 とはいえ、飛行魔術かぁ……


 実は、このエルフの森一帯は古代エルフの張った大結界で覆われていて、おいそれと他種族が足を踏み入れることができない聖域なんですよ。

 なんでも四方を囲む山脈と星の運行を利用しているとかで、わたくしがここに来るまでに超えた『迷いの霧』もその結界の一部だったりします。

 ここ数万年は破られたことがないともいわれており、エルフ以外の人類種がここを訪れることはまずないんですよ。


 飛行魔術なら少なくとも山頂に上ることは出来そうですが、どのみち森には入ることは出来ませんね。


 まぁ、いまは草一つ生えない焼け野原になってますが……


「あのー、ルミアさん?」


 改めて変わり果てた森の姿を眺めていると、アルジェさんがすっと右手を差し伸べてきます。


「これから、よろしくお願いします」


 無邪気な笑顔に誘われるように、彼女の手を握り返すわたくし。

 シェイクハンドが世界をつないだ瞬間でした。


「はい、よろしくお願いしますね。アルジェさん」


 いざ、ユマノスの街へ。

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