第3話 エルフの森が焼け野原になっとるんですがっ!?

「い、いったい……わたくしの留守中に……いったい何が……」


 あまりといえばあまりの光景に、わたくしの海馬はパンク寸前。シナプス崩壊寸前で前頭葉が焼き切れそうになりますよ、こんなの。


 深緑の生い茂る森林は?

 不死のトレントが並び立つ樹海は?

 世界樹ユグ=ドラシルそのは?


 何処を見てもそれらしき面影は残っておらず、見渡す限り焼け野原が果てしなく続いていました。


Oh my godnessオゥマイガネッ!」


 あまりの光景に思わず地球での口癖が出てしまった。

 それくらい動揺しまくっているということですね。


「落ち着けぇ……わたくし落ち着けぇ……これはそう、きっと帰還する時間がズレたんだ。重力の違う空間では時間の進み方が変わるから、わたくしが地球で過ごした時間が五千年ほどだったとして、この『光り輝く天地エルドラディア』の時間では一万年くらいっていても不思議はない……ハズ……」


 わたくしは、地球で学んだ物理学の理論を思い出します。


「たしか重力波によって時空に歪みが発生するわけで、時空の計量に宇宙定数を加えた時空の曲率はエネルギー分布とイコールで……いや、反重力で……ダメだぁ、計算が合わないっ……ていうか、この世界の宇宙の法則とかがどうなってるのか未開すぎるっ!」


 わたくしは、思わず頭を抱えてしゃがみ込みます。


 考えてみたら、この世界に物理学だの化学ばけがくだのといった『科学』の分野なんて発達どころか存在すらしてないんですよ。

 あるのは魔術や呪術や精霊術といった『魔法』というこの世界の法則に基づいた技術のみ。


 呪文一つで「無」から「有」を生み出すなど科学と比べて便利な反面、法則が曖昧で不明瞭な部分が多く、解釈を誤れば発動できなかったり逆に力を暴走させたりすることも……ん?


 ぼ・う・そ・う?


 そこまで考えてから、ふと、わたくしは何かに思い至ります。


「えっと、森が消滅した原因って……まさか……」


 一瞬、考えたくもない想像が頭をよぎります。


「まさか誰か『生きた賢者の石エメス・ヴィ・ルイン』の実験に手を出したってこと? いや、ハーフランやユマノスのような短命種ならともかく、エルフに限ってそんな……」


 生きた賢者の石エメス・ヴィ・ルイン——それは、この世界において禁忌とされている滅びの呪法——


 本来はこの世界を形成するすべての法則を詰め込んだ魔石、あるいは法則そのものとも言われる存在で、それを手にしたものは『永遠』を生きることができ、世界を意のままにできるとも伝えられています。


 しかし——同時に一歩間違えれば世界を滅ぼしかねない呪法でもあるのです。

 それこそ、かつて科学に溺れた地球人たちが危うく滅びる寸前までいきかけた、あの『無垢なる神の降臨デウス・エヴォルティオ』のように——


 こんな話があります。


 昔、西の大陸に白銀しろがねの賢者とたたえられた一人の偉大な魔導師がいました。

 彼は王の命により不老不死を研究ししていく内に『生きた賢者の石エメス・ヴィ・ルイン』にたどり着き、その結果——たった一夜にして国が丸ごと消滅しました。

 跡地を訪れた人の話によれば、雑草一つ残っていなかったそうです。

 こうして彼は死して偉大なる賢者から国を滅ぼした大罪人となり果てたのでした。


 以来、「滅びの呪法」と呼ばれるようになり、その研究に手を出すことは固く禁じられていました。


 いま、わたくしの目の前に広がっている光景は、まさにその状況にそっくりなのです。

 だとしたら、この惨状はやはり――


「あのー」

「いや、ありえん。人類最高峰の知的種族たるエルフの中に、そんな阿呆がいるハズがない!(断言) それこそ暗い洞窟に引きこもってる情弱引きニートのような鉱山のドワーフならいざ知らず(暴言)、長らく自然界の掟を厳守し、森で静かに暮らしながら神々の叡知を受け継いできた誇り高きエルフがそんな愚を犯すわけが……(妄言)」

「もしもーし」

「ああもう、うるさいですねぇ。こっちは今まさに『世界の破滅』と向き合っている最中だってのに、一体誰で……」


 そう言いかけて、振り向いたわたくしの目の前には、


「それはごめんなさい。なんか楽しそうだなーっと思って思わず声かけちゃいました」

「っていうか、マジで一体どこのどなた様で?」


 愛らしい短命種ユマノスの少女がいました。

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